外伝1
パピィナの魔王と鳥の女の子
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 むかしむかし。
 まだあなたのおじいちゃんやおばあちゃんが、小さい男の子や女の子だった頃。
 この国に、とっても恐ろしい魔王が、住み着いていました。
 魔王の名前はラムバーダン。
 魔物の国の言葉で、『すべてはたったひとつ』という意味の言葉です。
 その名前の通り、ラムバーダンは、国中のすべてを自分ひとりのものにしようと考えていました。
 人々は、そんな恐ろしいラムバーダンを追い出したいといつも思っていましたが、ラムバーダンはとても強く、そしてとても頭が良かったので、人々がどんなに頑張っても、追い出すことは出来ませんでした。
 どんなに強い兵士も、どんなに頭がいい賢者も、ラムバーダンにはかなわなかったのです。
 たくさんの勇敢な戦士たちが、毎日のようにラムバーダンを退治に出かけて行きましたが、誰も勝つことができませんでした。
 ラムバーダンを追い出すことが出来ないのは、ラムバーダンが強くて頭がいいからだったのですが、もうひとつ理由がありました。
 ラムバーダンは、たくさんのキメラを作って、家来にしていたのです。
 キメラというのは、ふたつの動物を合体させた生き物のことです。
 もちろん、森や、川や、草原にいる生き物ではありません。
 自然には存在しない、とっても奇妙でかわいそうな生き物なのです。
 想像してみて下さい。例えば、あなたの膝の上で丸くなっている子猫と、毎朝あなたの部屋の窓を叩きに来るいたずら者のカラス。このふたりを合体させたとしたらどうなりますか?
 羽が生えた猫が出来上がりますね。 
 それとも、足が4本のカラスになるかもしれません。
 その〈もう猫ではない生き物〉を、あなたはひざの上に抱けますか?
 その〈かわいそうなカラス〉は、仲間のカラスからいじめられないでしょうか?
 ラムバーダンは、そんな恐ろしくて、奇妙で、かわいそうな生き物を、たくさんたくさん作っては、ウースという名前を付けて、家来にしていました。
 ウースというのは『子供』という意味です。
 ラムバーダンは、とても強くて、とても頭が良くて、そしてとても長生きでしたが、ひとりぼっちで、本当の親や兄弟や子供はいませんでした。
 本当の子供の代わりに、たくさんの偽物の子供を作っていたのです。
 人々は、ラムバーダンを追い出したいと、いつも思っていましたが、そんな恐ろしい子供たちがいたのでは、なおさら我慢するしかありませんでした。
 夜な夜な、ラムバーダンは国中を飛び回り、たくさんのウースたちは、主人のためにお月様の下でダンスを踊ります。
 そのあまりの恐ろしさに、人々はベットにもぐり込んで、震えるばかりでした。
 そんなある日のこと。
 いつものように、月夜の宴を楽しんでいたラムバーダンは、不意に、ひとつの窓に目をとめました。
 正確には、その窓の向こう側――小さな部屋の中にいた女の子に、目をとめたのです。
 それは、若葉のような緑色の髪をした、金色の瞳の女の子でした。
 女の子は、小さな揺り椅子に腰掛けて、ビーズの首飾りを作っていました。
 首飾りを作るのに一生懸命で、ベッドに隠れることを忘れていたのです。
 ラムバーダンは、女の子を見ました。
 女の子も、ラムバーダンを見ました。
 女の子は言いました。
「あなたは誰?」
 女の子はラムバーダンを見たことがなかったので、ラムバーダンを見ても、それが恐ろしい魔王だとはわからなかったのです。
 ラムバーダンは言いました。
「知らないよ。君は誰なんだい」
 女の子は答えました。
「わたしの名前はガルーダよ。あなたはどこから来たの?」
 ラムバーダンは答えました。
「分からないよ。でもボクの名前ならラムバーダンだ」
 それを聞いた女の子は、相手が魔王であることに気が付きました。
 でも女の子は助けを呼ぶことも、逃げ出すこともしませんでした。不思議と怖いとは思わなかったのです。
 なぜかというと、ラムバーダンがとっても静かで優しい目をしていたからです。
 女の子は、すぐにラムバーダンが好きになりました。
 ラムバーダンも、女の子が好きになったに違いありませんでした。
 ラムバーダンは窓枠に腰掛けると、女の子に言いました。
「ボクに話しかけたのは君がはじめてだ。君の願いを叶えてあげるよ」
 女の子は言いました。
「あなたは魔王なんでしょう? みんなが言ってるわ」
 ラムバーダンは答えました。
「君の仲間は、ボクのことを『魔王』と呼ぶよ。でもボクの名前はラムバーダンだ。君の願いを叶えてあげるよ」
 女の子は答えました。
「じゃあ、わたしを外に連れて行って」
 女の子は体がとても弱かったので、小さな部屋から外に出たことがなかったのです。
 ラムバーダンは、女の子の手を取ると言いました。
「それが君の願いなら叶えてあげるよ」
 その日以来、小さな部屋から女の子はいなくなりました。
 女の子がラムバーダンに連れて行かれたことを知り、女の子の両親はひどく悲しみました。
 だけど、どうすることもできませんでした。
 ラムバーダンは、女の子を湖のほとりに連れてきました。
「願いを叶えたよ。もう願いはないのかい。君の願いを叶えてあげるよ」
 それを聞いて、女の子は言いました。
「じゃあ、このきれいな湖をずっと見ていたい」
 ラムバーダンは、女の子に言いました。
「それが君の願いなら叶えてあげるよ」
 ラムバーダンは、女の子のために塔を建てました。湖の中に立つ、白くて美しい塔でした。
 そして、塔の中にひとつだけ部屋を作って、そこに女の子を連れてきました。
「願いを叶えたよ。もう願いはないのかい。君の願いを叶えてあげるよ」
 それを聞いて、女の子は言いました。
「じゃあ、この湖をもっと遠くまで見たい。鳥になって空から見てみたい」
 ラムバーダンは、女の子に言いました。
「それが君の願いなら叶えてあげるよ」
 ラムバーダンは、女の子のために鳥を連れてきました。長い首と大きな翼をもつ鳥でした。
 その鳥は女の子が思った場所へどこへでも飛んでゆき、鳥が見た風景はそのまま女の子の目に映るのでした。
 鳥は湖の上を旋回し、女の子は湖の端から端までを見ることが出来ました。
 やがて、鳥は湖を飛び越え、山々を抜け、川をさかのぼり、街へ飛んでいきました。
 そして、小さな部屋の窓で羽を休めました。
 小さな部屋の中では、女の子の両親が、ビーズの首飾りを抱いて泣いていました。
 それを見て、女の子は悲しい気持ちになりました。家に帰りたくなったのです。
 女の子は言いました。
「わたしをもとの小さな家に連れて行って。家に連れて帰って」
 すると、ラムバーダンは言いました。
「それは出来ないよ」
 女の子は泣き出しました。
「どうして出来ないの?」
 ラムバーダンは答えました。
「だって、君は死んでしまったんだよ」
 そうです。鳥が湖を飛び越え、山々を抜け、川をさかのぼっている間に、女の子の体はどんどん弱っていき、ついに死んでしまっていたのです。
 女の子は、ずっと鳥と一緒に飛んでいたので、自分が死んでいたことに気が付きませんでした。今では女の子が鳥になっていました。
 鳥になった女の子は言いました。
「わたしを生き返らせて。わたしに新しい命を作って。わたしをわたしに戻して」
 ラムバーダンは言いました。
「それは出来ないよ」
 鳥になった女の子は、泣きながら言いました。
「どうして出来ないの?」
 ラムバーダンは答えました。
「ボクは命の作り方を知らないんだ。でも死んでしまっても君は君じゃないのかい」
 鳥になった女の子は言いました。
「死んでしまったらわたしじゃない。死ぬ前のわたしがわたしなの」
 ラムバーダンは言いました。
「じゃあ、死ぬ前の君にしてあげるよ。君の願いを叶えてあげるよ」
 ラムバーダンは、死んでしまった女の子と鳥になった女の子をひとつにしました。
 女の子と鳥をキメラにしたのです。
 女の子は生き返りました。
 ただそれは、〈鳥の命を持った〉、〈死んでしまった女の子〉です。
 鳥のキメラになった女の子は、小さな部屋に戻ってきました。
 女の子の両親は、女の子が戻ってきたのでとても喜びました。嬉しくて、何度も女の子を抱きしめました。しかし、その体が冷たく、二度と温かくならないことを知って、悲しみに暮れました。
 やがて、そのことは国中のすべての人々が知り、人々はラムバーダンを激しく憎みました。
 そんなある日のこと、遠い東の国から、ひとりの若者がやって来ました。
 若者は、女の子の話を聞き、とても気の毒に思いました。そして、ひと目女の子を見るなり恋に落ちました。若者は、女の子との結婚を条件に、ラムバーダンを退治することを女の子の両親に誓いました。女の子の両親は、喜んで、若者と女の子との結婚を約束しました。
 若者は、遠い東の国でたくさんの魔物を殺してきた英雄だったのです。
 今まで誰もかなわなかったラムバーダンも、若者には殺されるだろう。
 人々はそう思いました。
 女の子の両親も思いました。
 若者は、たくさんの魔物を殺した剣を片手に、出かけて行きました。
 女の子の両親は、若者がラムバーダンを退治するために出発したことを、女の子に話しました。
 それを聞いた女の子は、とても驚きました。そしてとても悲しい気持ちになりました。
 女の子が死んだのはラムバーダンのせいではありません。
 それなのに、ラムバーダンは自分が死んだために殺されるのです。
 女の子は、こっそり小さい部屋を抜け出して、湖に立つ白くて美しい塔にやってきました。
 女の子はキメラになっていたので、鳥になることができたのです。鳥も女の子のキメラになっていました。
 女の子と鳥のキメラは、塔にひとつだけある部屋に、飛んで行きました。
 部屋の中にはラムバーダンがいました。
 女の子と鳥のキメラは、女の子に戻ると、ラムバーダンの名前を呼びました。
 ラムバーダンは、たくさんのウースたちの真ん中に座っていましたが、名前を呼ばれると、立ち上がって女の子のところまで歩いてきました。
「どうしたんだい。また何か願いがあるのかい。君の願いを叶えてあげるよ」 
 それを聞いて、女の子は言いました。
「どうしてわたしの願いを叶えてくれるの? そのためにあなたは殺されるのに」
 ラムバーダンは答えました。
「ボクが殺されるのが君の願いなのかい。それが君の願いなら叶えてあげるよ」
「違うわ!」
 女の子は叫びました。
「わたしの願いなんて叶えなくていいのよ! どうして自分の願いを叶えないの? わたしはあなたにあなたの願いを叶えて欲しい!」
「ボクの願い?」
 ラムバーダンは首を傾げました。初めて首を傾げました。
「どうしてだい? 君の願いはもうないのかい?」
「わたしの願いは……」
 女の子が言おうとすると、部屋の中に剣を携えた若者が入って来ました。
 若者は、ラムバーダンの隣に女の子がいることに驚きましたが、すぐに、部屋中を走り回るウースたちに斬りかかりました。
 たくさんのウースたちは、若者の剣に斬られたり突かれたりして、あっというまに動かなくなりました。
 ウースたちがみんな死んでしまったのを見て、ラムバーダンは若者に言いました。
「どうしてウースたちを殺したんだい。それが君の願いなのかい」
 若者は、そうだ、と言いました。そして、今すぐ出て行かないとお前も殺すぞ、とも言いました。
 ラムバーダンは言いました。
「それが君の願いなら、ボクは今すぐ出ていくよ」
 そして、女の子に尋ねました。
「君の願いはもうないのかい?」
 女の子は何も言いませんでした。
 ただ、目に涙をいっぱいにためて、首飾りを差し出しました。
 ビーズを編んだ首飾りは、パピィナの花で飾られていました。
 春に咲く、小さくて可愛い花です。
 首飾りは、薄紫色をした花でいっぱいでした。
 首飾りを受け取ると、ラムバーダンは女の子に言いました。
「じゃあ、代わりに、ボクの願いを叶えることにするよ。ボクは君をずっと覚えている。何もかも忘れないんだ」
 そう言うと、ラムバーダンは首飾りを自分の首に掛けました。
 すると、ラムバーダンの瞳は、パピィナの花と同じ色になりました。
 ラムバーダンは、薄紫色の瞳で女の子を見ました。
 女の子もラムバーダンを見ました。
 そして、ラムバーダンの瞳に映った自分を見て、本当の願い事を知りました。
 女の子は、願い事を言おうとしました。ただ、息が詰まってしまい、一度うつむきました。
 女の子は顔を上げて、もう一度、願い事を言おうとしました。
 しかし、もうラムバーダンはどこにもいませんでした。
 その日以来、この国からラムバーダンはいなくなりました。
 人々は喜び、国は平和になりました。ラムバーダンを退治した若者は、勇者として讃えられました。
 そして若者は女の子と結婚し、女の子と、女の子の両親と一緒に、暮らし始めました。
 幸せな毎日が続きましたが、女の子の心の中にはいつも悲しみがありました。
 女の子は、毎日ラムバーダンのことを想っては、ひとりになると泣いていました。
 いつしか季節は過ぎ、夏から秋に、秋から冬に……そして、春になりました。
 女の子は、今日もまた、小さな部屋の窓辺で泣いていました。
 すると、窓に置いた植木鉢から小さな花が顔を出しました。
 小さくて可愛い薄紫色の花――パピィナの花です。
 その花を見て、女の子は、ラムバーダンが最後に言った言葉を、思い出しました。
「ボクは君をずっと覚えている。何もかも忘れないんだ」
 ラムバーダンの瞳の色になった小さな花が、風に揺れています。
 それを見て、女の子の心の中の悲しみは嘘のように無くなっていきました。
 代わりに、違う気持ちが浮かんできたのです。
 女の子は、パピィナの花に向かって言いました。
「わたしも決して忘れないんだわ」
 その後、小さい部屋から女の子はいなくなりました。そして、二度と帰ってくることはありませんでした。
 同じ頃、湖に立つ白くて美しい塔に、碧色の翼と金色の瞳を持った鳥が住んでいる、と言われるようになりました。
 鳥は人々を導き、湖のまわりには街ができ、やがては国になりました。
 その国がこのバランゲル王国で、その鳥が女神ガルーダであるのです。

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