episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 1 詐欺師のお仕事(2)
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 雑貨屋。靴屋。何だか分からない怪しい店。酒場。民家……。
 そんなようなものがせまぜまと並ぶ路地を、二人の男が歩いている。
 ひとりはボサボサの黒髪に、怪しい目つき。皮の胸当てを身につけた盗賊風の三十路男。
 もうひとりは、茶色の髪に、薄紫の瞳。年齢不詳の若者――先程の二人組だった。
「ハァ〜……ありがとうよ。助かったぜ、ノース」
 盗賊男が、心底ホッとしたような、安堵の表情を隣に向ける。
「ん――――? あぁ……」
 ノースと呼ばれた若者は、気のない返事で、しばらく手元に目を落としていたが、
「そんなことより」
 言いつつ、持っていた紙切れを、男の眼前に突き出した。
「なんだよ。この金額は? いったい、なんでこんな借金したんだよ?」
 紙には、『借用書』の但し書きに、七と五とその後ろにゼロが四つ。つまり、七十五万の金額表示がされている。
「い、いやぁ。まぁ、よくあることって奴でなぁ。ま、気にすんなよ。ナハハハハー」
 盗賊男が引き攣った笑いを浮かべると、
「よくはないって……ま、事情なんてどーでもいいけどー」
 と、ノース。半眼になって、鼻から嘆息する。
「一応、知り合いのよしみで助けてやったんだから、少しは感謝しろよな〜」
 盗賊男を横目で睨みつつ、手の中の紙切れをビリビリと破り捨てた。
 つい数分前まで借用書だったそれは、狭い路地を吹き抜ける風にさらわれ、あっという間に、暮れ始めた空へと吸い込まれていく。
 それを見送ると、途端――盗賊男は上機嫌な顔になった。
「もちろん感謝してるって! ケッタイな居候を、嫌な顔ひとつせず置いてやってるのがその証拠だろ?」
 手揉みに、胡麻擂り。ニコニコしながら、親と子ほど年が離れて見えるノースの肩を両手で揉む――その手を鬱陶しそうに振り払うと、ノースは根も葉もない口調で言った。
「そういうセリフはね、料金を取ってない人間が言うもんだ。キッチリ徴収してるくせに」
「じゃ、じゃあさ……」
 と、盗賊男。
「宿賃一ヶ月分只にしてやっからよ。な、な、なっ、悪くねぇだろ?」
「バカ言え」
 と、これまた即座に軌道修正。
「三ヶ月のま・ち・が・い」
 ノースがそう言うと、盗賊男は一瞬「えーっ!?」と、とても嫌そうな顔になった。が、すぐに頬を弛ませると、
「うーん……わかったよ。三ヶ月分……三ヶ月分な! 女房にも言っとくからよ」
 汚い頭をボリボリと掻き、落ち着きない足取りでノースの前に踊り出る。
「じ、じゃあ。俺、先に帰ってっからよ。後頼むわ。どうせいつものトコで飯にすんだろ?」
「へいへい……」
 その――年甲斐もなく舞い上がっている様に、すっかり呆れ果て。ノースは野良犬でも追い払うかのように「しっしっ」と手を振った。
「さっさと帰って女帝に報告するんだな。心優しい正義の味方のおかげで破格の借金がゼロになりました……って」
 ノースの言葉を聞くなり、盗賊男はニヤッと会心の笑みを浮かべた。
「なぁに言ってやがんだ! ろくでもない詐欺師の分際でよ!」
 怒鳴り声を上げ、数歩後退る。次いで、クルリと反転すると、一目散に走り出した。
 すぐさま通りを曲がって見えなくなり――その姿が視界から完全に消えると、ノースは足を止め、深々とため息を吐いた。
「あーあ。本当に行っちまうしね……」
 唖然と呟く。
「ホ〜ント。面倒なことは、すぐ人に押しつけンだもんなー」
 と、そこで背後をジロリと見やった。パンパンと、軽く手を打つ。
「あ〜はいはーい。いいからさ。とっとと出て来れば? そこのお二人……」
 本当に面倒臭そうな言い方である。
 果たして――路地裏の陰から、それ自身が影のような男たちが姿を現した。
 ダークスーツにサングラス。手にはそれぞれサバイバルナイフを携えた二人組――言うまでもなく、アルハン卿の横にくっついていた護衛士である。
「……気づかれていたとはな。しかし我らが主アルハン様にあのような仕打ち。貴様、只では済まさんぞ……」
 低い、獣の唸り声のような調子で言うと、ナイフを構える。
 もうひとりも、無言のまま腰を低くした。
 それを見て、ノースはわずかに首を傾げた。
「タダでは済まさんぞって……あんたら、勘違いにも程があるって。だいたい俺をどうしろなんてご主人様から言われてな――」
「黙れ! この詐欺師めが!」
 ノースの言葉を遮って、男が怒声を上げた。
「下等な人間紛いの分際で! 切り刻んでくれるわっ!」
「はぁ〜? あのねぇ……」
 と、ノース。軽く嘆息する――そして、スゥと目を細めて男たちを見遣り、
「『口は禍の門』って知んないの? あんまりカッコいいことばっかし言ってると、後ですごく損すると思うよ」
 余裕の表情で、ニコニコと笑みすら浮かべるのであった。
「ほざけ!」
「黙らせてやる!」
 と、黒ずくめ×2。
 叫ぶと同時に、ひとりが地面を蹴ってノースに躍りかかった。もうひとりも素早く後ろに回り込む。
 その様子を見て――、
 ノースの笑みが、ニコリからニヤリに変化した。
「よしゃいいのに……」
 
 数分後。
 そのせまぜまとした路地に、男が二人倒れていた。
 両方とも昏倒しており、その辺にナイフだの、割れたサングラスだのが転がっている。
「何、これ?」
 たまたま通りかかった少女が、地面で寝ている物体を指差した。
「さぁ? 喧嘩じゃないのー?」
 すぐ近くを歩いていた、やはり通りすがりの中年女性が返答する。両手に食料品を詰め込んだ紙袋を抱えて――どうやら夕飯の買い出しの帰りらしい。
「ふーん。だっさー……」
 少女は顔を顰めながら、進路を妨げる物体をひょいと跨ぐ。
「多いのよねぇ、この通りは」
 中年女性が迷惑顔でぼやき、早足で歩いていく。
 夕日は、町の向こうへと沈みかけている。  
 酒場のアルバイトが、店頭に営業中を示す看板をぶら下げた。
 火つけ係が、路地のガス灯に種火を入れている。
 ――すでに、日は落ち。辺りを薄い宵闇が支配し始めていた。

「いらっしゃ……おっ! どうだった?」
 ノースが扉を押し開けるなり、店の一番奥のカウンターから威勢のいい声が上がった。
 武骨な顔つきに、花柄のエプロン姿。ごちゃごちゃとしたアマトスの裏通りでも、最も場末にある酒場兼食堂――その主人である。
「アルハンのヤツを叩いたんだって?」
 開口一番。カウンターに乗り出しながら訊いてくる。
 いかにも〈噂話に目がない話好きのおっちゃん〉といった風で、終始、柔和な笑みを浮かべていた。
「あ――――っ? 誰から聞いたんだよ? そんなこと……」
 と、ノース。マスターとは対照的に、見るからに不機嫌そうな顔になった。
 ちょうど夕食時ということもあってか、店内には、かなりの人数が犇めき合っている。一目で傭兵や盗賊だと分かる連中が、そこここで飲めや騒げやと盛り上がっていた。
 その中をズカズカと横切り――ノースはカウンターに備え付けられた椅子に腰を下ろす。
「どーせ、あの大間抜けが自分で言いふらしたんだろ? まったく。借金の自慢なんてするなっての……」
「でもさ。あの胸くそ悪い成り上がり野郎に、キャンて言わせたんだろ? 俺だったら、そんな面白い話かたっぱしから言いふらしてやるね」
ガッハッハと、髭面を揺すって笑うマスター。その髭や髪の毛には白いものが混じり始めていたが、ガッシリとした体格といい、イカツイ顔といい、どう見ても六十過ぎには見えない。そこいらの若造がダース単位でかかってこようとも、鼻息ひとつで吹き飛ばしてしまう――その位の風格が、この壮年のマスターにはあった。
 もっとも、マスターを昔から知ってるノースにしてみれば、『エプロン姿で、ジョッキをみがいてる姿が、一番様になってる』ということなのだが……。
 それはともかく。マスターの言葉に、さらに口元を引き攣らせるノースであった。 
「どーりで。最近まともな話がこないと思ったら、そーゆーコトかよ。やめてくれって。そう言うの『営業妨害』って言うんだぜ」
「いいじゃねぇか」
 と、マスター。
「金持ち連中が、ラムバーダン人にまともに物頼むことなんざ、まずねぇんだからよ」
「あー、そうだね。その通り。どーせ、カタギにはなれませんよー、俺は」
 と、ノース。ムッとして、マスターを睨みつけた。
 紫の双眸が、頭上のカンテラの光りを弾いて――まるで薄紫色を放つ星のようにチラチラと瞬いている。
 それは、いわゆる『人間』にはない色であった。
 ラムバーダン人と呼ばれる特殊な種族だけが所有する、彼らの『特徴』。
そして、彼らとほかのすべてとを隔てる『壁』でもある。
 現在。
 この、人とは異なる瞳を持つ種族は、執拗な迫害を受けていた。
 魔王の血族。過去の支配者。災厄の主。滅びの種族……。
 呼び名は様々だが、快く思われていないということは共通して言える。
 人々の多くが、猜疑と嫌悪の目で彼らを疎み。そうでない者も、なんとなく気味悪がって近づきたがらない。珍しいが、得体の知れない生物としか映っていないのだろう。
 事実。ノース自身、差別や迫害を受けた経験は多々ある。
 もっとも、当の本人はどう思われていようと全く平気な様子で、せいぜいその場の機嫌が悪くなる程度である。しかもどこまで本気なのかも分からない――それこそ、彼が真剣に怒ったり泣いたりしてる姿など、誰も見たことがなかった。
 まぁ、他人の感情リズムを四六時中観察できる暇人など、そうそういるものでもないので、結局は、ただ単に〈目撃談がないだけ〉という話になるのだが……。
 閑話休題――とにかく、機嫌はすぐに悪くなるのである。
「お前なぁ」
 笑いながら、マスターがノースの前にグラスを置く。ガラスの容器には、金色の液体がなみなみと注がれていて、幾分泡が溢れ出てもいた。
「その癖、いいかげんどうにかしろよ? 完全に地顔になってるぞ、それ。そういうところは何年経っても変わんねぇよなぁ」
「はいはい」
 と、ノース。
「進歩がなくて、悪ぅございんしたねー」
 絵に描いたような仏頂面で、これまた愛想のない返事――判で押した反応に、マスターはますます愉快そうな顔になって、肩を震わせた。
「まったく。本当、この手の話題の時はワンパターンになるんだからよ……。ま。確かに本性隠すにはガキみたいにしてるのが一番手っ取り早いけどな。実際、この放蕩息子みたいなのが、アマトスの商連と工組、おまけに議会を、ヒーヒー言わせてる詐欺師だなんて誰も思わねぇだろうし――」
「ストップ」
 急に声音を変えて、ノースがマスターの発言を遮断する。
 怒鳴るわけでもなく、表情も相変わらずだったが、なおのことそれが険悪さを増強させていた。
「おお、こわ……」
 マスターは肩を竦め――まだ何やら茶々を入れたい様子ではあったが――とりあえずは大人しく口を閉じた。
 ノースも、もうそれ以上は何も言わず――というより、はじめから何もなかったかのような表情になっていた――グラスに手をやり、持ち上げる。それを、中身が零れないように器用に口元まで持っていくと、ジロリとマスターを一瞥してから口をつけた。
 と。
 それとまったく同じタイミングで、
「あのぅー、こちらにですね。詐欺師をやってるノースさんて方が、いらっしゃると聞いたんですがー。いらっしゃいますかぁー?」
 何とも脳天気な声が、狭い店内に響きわたり――、
 思わず――ノースはビールを吹き出した。

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