episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 2 アマトス事件簿、二十四時 (2)
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「どうしたんですかいきなり!? あのまま説得すれば、けっこうすんなりと譲ってもらえたかもしれないじゃないですか?」
 手を離した途端。リオルは、糸が切れたように捲し立てた。
「無理」
 と、ノース。
「正式な取り引き証があるんじゃ、何時間粘っても結局こっちが不利なだけだよ」
「でも、さっきは――」
 言いかけるリオルを遮って、後を続ける。
「『でも、さっきは、値段がどうこう言ってたじゃないですか』――だろ?」
 頷くリオル。
「あれは、ちょっとカマかけてみただけ。ずぇーんぜん、意味なんてないの」
「えぇ !」
 絶叫。
「じ、じゃあ、理由もなくレンゲル公をけしかけたんですか!? おかげで、僕は死ぬほど怖かったんですよー! あんまりだー!」
 非難の声を上げつつ、掴み掛かってくる。それを払い退けて、
「知るかい。だいたいね、無事に外に出てこれたのは誰のおかげだと思ってんだよ?」
 と、ノース。
「それにな。別に何の考えもなく、あんなこと言ったわけじゃないって」
「……じゃあ。なんなんですぅー?」
 すっかり疑いの眼差しになるリオル――そのむくれた眼前に、ノースは指を突き付け、
「この大ボケ! すこしは考えろよ、学者だろお前」
 それだけ言うと、クルリと背中を向けた。さっさとレンゲル邸の門前から離れていく。
「あ。待って下さいよ〜」
 慌てて、リオルもその後を追いかけた。

「じ、じゃあ。盗むつもりなんですかぁ――――!?」
 驚きの余り、絶叫するリオル。
 ノースの方は、疾うに呆れて、
『そういうことは、まわりに聞こえないように言えよ』
 などと、指摘する気も起きない。どのみち大した影響があるわけでもないので、彼のリアクションに関しては、完全に放っておくことにしていた。
ノースは、遅い昼食兼少し早い夕食をつつきながら、
「仕方ないだろ……取り引き証がある以上、どう見繕っても、正攻法じゃあの泥鰌面の好き勝手なんだから。なんだったら、諦める?」
 そう言って、手を――持ったフォークにマカロニを三連刺にし、それを口に入れようとしていた途中で――止め、首を傾げた。
「それは……」
 言い淀むリオル。もちろん、そういうわけにはいかなかった。彼の目的は、レンゲルが持っている〈アナザー・オブ・ガルーダ〉を奪取することにあるのだから。
「そんなこと……出来ませんよ。諦めるなんて……」
「んじゃ、つべこべ言わない」
 ノースはピシャリと言うと――一時停止を解除して――フォークの先を口に押し込む。
 それを見て、今度はリオルが――彼の方は、作法通りにチキンを小さく切り分けてはその度優雅に口に運んでいる――その手を止めた。
「……それじゃあ。わざとあんなこと言ったんですか?」
「そぅだよ」
 頷くノース。丁度、付け合わせのサラダを食い尽くし、メインのチキンに移行したところであった――といっても、まだ一口も味わっておらず、シコシコと切り分け作業に専念している。照り焼きのチキンは、サイコロステーキのようになっていた。
「ああ言えば、奴さん、いつどうされるか分からなくて気持ち悪いだろ? そしたら、すぐに手元において置くに違いないからね。金庫に入れてる……かどうかは分らんけど、いちいちそんな取りにくいトコに、こっちから入ってくこともないしね。だからさ」
 言いながら、チキンを差したままのフォークを軽く振り回す。作法としては最悪であるが、リオルは別に気に留めた様子はない――すっかり感心しきった顔になり、パチパチと拍手した。
「さすがー。ちゃーんと考えてらしたんですねぇ……僕はてっきりレンゲル公が気に食わなくて、あることないことテキトーに言ってるもんだと思ってましたよ〜」
「……あっそぅ」
 ちょっと眉毛を斜めにして、ノースは、フォークをチキンの上に突き立てた。
「でも……」
 と、リオル。
「簡易書類とはいえ、正式な所有権のあるものを盗むのは、やっぱり問題があるんじゃないですか? うまくいったとしても、レンゲル公が被害届を提出すれば市議会の捜査が入りますよ。そうなったら完全に泥棒じゃないですか。捕まりますよ!」
「提出すればね」
 と、ノース。
「レンゲルが市議会に盗難届を出すなんて、まずないね」
「どうしてです?」
 リオルの問いに、「分らんかなぁ」と首を捻り、
「考えてもみろ。レンゲルは自分のことを、ユニオンでトップを張れる大物だと思ってるんだぜ……笑っちゃうけど。ま、それはそれとしてだ。その大物が、盗みに入られました、なーんてむざむざ他人に言いふらすか? フツー言えないだろ」
 笑って、フォークの先に刺した細切れ肉にかぶりつく。
「確かに……」
 リオルは唸った。
 誰だって身内の恥部は隠したいものなのである。そのくせ他人の恥部はつつきたがる。
 仮にマスコミ――とりわけ五月蠅なゴシップ紙なぞに知れようものなら、アマトス中に知れ渡ることになる。そうなれば十万人の面前でさらし者も同然である。格好の三面ネタというわけだ。
「市議会に言えば盗品は戻るだろうけど、プライドがしこたま傷つくのも間違いないからな。奴さん根拠のないプライドだけは体格と同じでムダにデカイから、意地でも外に漏らすなん てマネしないだろうよ」
 と、ノース。その後に「まあ。それもこっちがうまくやらなきゃ意味ないんだけど……」とも付け加えた。
「なるほど!」
 と、リオル。
「それで、いつ盗むんですかぁ?」
 何やら嬉しそうに、危ない発言を口にする。
 悪意はないようだが、こういう場合なおさら質が悪い――案の定、まわりの何人かがジロリとこちらを見た。
 食事時を外れているせいか、客は十人ほど。その全員が、ヒソヒソ言い合っている。
 なにしろ、見るからに貴族の、しかも外見的基準値を軽くパスしたような美形と、悪名高い天然記念物が一緒に食事をしているのだ。座ってるだけで、超が七つか八つ付くぐらい目立っていた。かといって、別段騒がれるということはなく――せいぜい数人の少女がキャアキャアと華やいでいるくらいである――ノースも、チラッとは様子を見たが、すぐに視線を戻した。
 そこへ、リオルが身を乗り出し、お気楽に訊いてくる。
「やっぱり、準備とか必要ですよね!」
 一部始終を気取ってはおらず――どうも、自分の容姿がまわりにどう影響を与えるかなどに全然頓着してないらしい――そのどこか他人事な態度に、ちょっと顔を顰めたものの、ノースはあっさり返答した。
「ん――――あぁ、今夜ね」
「こ……こ、今夜ぁ?」
 リオルの顔色が急変した。 
「冗談でしょう?」
「――ぼふばん?」
 と、ノース。フォークを銜え、モゴモゴしながら首を傾げる――その表情が「冗談言ってどーすんの」と語っていた。
「はぁ……」
 と、リオル。脱力状態になって、椅子の背に体重を預ける。ため息混じりに呟いた。
「じゃあ、頑張って下さいね……」
「あぁ……」
 と、ノース。間髪入れず、ボソリと言う。
「――お前も行くんだよ」
 と。
「何故!?」
 途端――リオルは悲鳴を上げた。
 元々垂れ気味の目をへにゃりとさせ、口元をヒクヒクと痙攣させている――多分、彼を見てときめいていた女の子達は、『百年の恋も冷水ぶっかけられてあれは全部夢でした』という心境に陥ったことだろう――事実、すぐ近くのテーブルは、通夜の如く静まり返っていた。
「なんでですか? 僕が行っても、足手まとい以外の何者でもないじゃないですかぁ!」
 全身全霊を持って、自分の不甲斐なさを力説するリオル。それも相当情けないが、極めつけはコレ――ちょっと泣きそうになっていた。
 それを見て、ノースも泣きたくなった。
「あのね、当たり前だろ? お前が来ないと、どれが目的の物か分からないじゃないか」
「そんなぁ……」
「じゃ、やめてもいーんだけど……」
 言いつつ、睨む――その脅迫めいた視線がホントに刺さったか――リオルはプルプルッと首を振ると、やけっぱち気味に叫んだ。
「くぅ〜行きますよ。行きますってば! 行けばいいんでしょう?」
「そーそ」
 満面の笑みになって、ノース。
「自分の問題は自分で解決しないとな」
「……あ、危なくなったら、ちゃんと助けて下さいよ」
 一縷の望みを託し、決死の表情で訴えるものの、
「命に別状ない程度にね」
 と、まるで歯に衣着せぬ調子である。
「トホホー……頼む人違えたかもしれない……」
 さめざめ泣く、リオル。
 後の祭り。自業自得とも言う。

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