episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 2 アマトス事件簿、二十四時 (4)
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「……今夜も、いい月夜ですねぇ」
 呟いて、じっと空を見上げている影。
 周囲に明かりはなく――通りのガス灯もすでに火が落とされてる――その表情を窺い知ることは出来ない。
「は――――っ。夜風が心地いい……」
 影は、大きく伸びをして、深呼吸をする。
 と。
 いきなり、後ろからバコンとされた。
「あ痛っ! 何するんですか?」
 影が抗議の声を上げて振り返ると、そこには月の光を反射して輝く、紫の双眸――。
 何やら険悪な雰囲気で、ノースが立っていた。
「あのなぁ、リオル……これからって時に、なーに現実逃避してんだよ」
 怒り半分、諦め半分な口調である。
「あ。あははははっ……」
 乾いた笑いを発し、ポリポリと頭を掻くリオル。
「いや、ほら……やっぱり、その……だから……ですね」
 しどろもどろと言い淀んでいると――その金髪を、ノースが再びピシャリとした。
「自信ないのも、怖いのも、役立たずなのも、見かけ倒しなのも、どうしようもないのも、もう十分に分かった。分かったから、少しはシャキッとしろって」
「……そこまで言うことないじゃないですか……」
「いいから。とっとと行くぞ」
 つっけんどんに言うと、路地裏に入っていく。
 ちなみに、彼の格好は昼間とは異なっていた。
 ボディースーツの様なツナギの上に、フード付きのパーカー。動きやすさを重視した、典型的な潜入スタイルである――早い話、武装していた。とはいえ、剣などぶら下げているわけでもなく、せいぜい腰に幾つかの物入れを着けているだけで、パッと見はジョギング中ぐらいにしか思えない。もっとも、こんな夜中にジョギングする物好きもそうそういないだろうが……。
 そのノースを横目で見送りながら、
「……よくないですよ……トホホ……」
 と、涙するリオル。彼の方はというと、昼間のローブ&マント姿のままであった。一応細剣なんぞを下げてはいるが、使いこなせるのかは別問題である。
「なんで僕が……僕は一般人なんだから……だいたい――あ、何でもないです……」
 リオルは、なおもぶちぶちと不満を口にしていたが、ノースが無言で睨むと静かになった。
 ノースはゴミバケツの蔭から顔を出し、通りの向いにある高い鉄柵に囲まれた二階建て――サンド・アルフォート=レンゲル公爵の屋敷――をこっそり窺った。
 明かりが点いているのは一階の角部屋のみ。おそらく衛兵の詰め所として利用されているのだろう、直接外への扉が付いている。もちろん扉の前には、頑丈そうな男が二人立っていた。
 その他の見張りは――外門の内側左右と、その奥の正面大扉前に二人づつの計六人……ここから見た限りではそれだけである。ただ、二人づつでも一度に相手にするのは困難だし、なるべく穏便に進入したい。
 まぁ。見つからないように――というのは端から無理な話だが、多少うるさくするくらいなら全く構わなかった。半マフィア化しているレンゲルの屋敷から不審な騒音があったところで、それを通報できるほど肝が据わっている人間は、アマトス中を探しても十人といないのだから。
 ――そうは言っても、面倒臭いことに変わりはない。
(さ・て・と。どーしたもんかね……ホント)
 うんざりと、二階の右端の部屋に目を振る。
 立地条件からいって、そこが一番日当たりがいい場所である。おそらくレンゲルの寝室はそこだろうし、用心深いレンゲルは、例の物を自分の部屋に移しているはずである。
 つまり、少なくともそこまで行かないとならない……ということになる。
(やれやれ……)
 ノースは、今日何回目か分からないため息を吐くと、未だに震えているリオルを引き寄せた。
「な、なんです!?」
 血色の悪い顔で怯えるリオルに、「ちょっと、あそこ」と小声で言いつつ、門の向こう側にいる衛兵を指差した。
「あの前でさ、何でもいい……歴史の講義でもしてやって来い」
「はぁ!?」
「いいから。うーん、そうだなぁ。歌唄うとかもOKだからさ」
「ち、ちょっとぉー!?」
「ほら、行ってこーい」
 言うなり、ドンッと背中を押して突き飛ばす。
「あわわっ!」
 勢いづいて、とととと蹌踉めき、二回ほど回転すると――リオルはちょうど外門の真正面に両手を着いた。
「いたたた……何で僕がこんな目にー」
 目を回しながら呻く。
 と。
「何だぁ?」
「お前、そこで何をやってる!」
 聞き慣れない怒声が、頭上から浴びせられた。
「ええっ」
 慌てて顔を上げると、そこには、柵越しにこちらを睨みつけている物騒な二つの顔。
 外門の守衛たちであった。
「何だ、テメェ。うちのボスに何か用でもあるのかぁ?」
「なんだ? 何か言えよ」
「……あ、あの……そのー」
 錯乱状態のリオルには、門番の姿も、その声も、ほとんど認識できていないらしい――ただひとりを探しては、キョロキョロと周りを見回す。
 しかし、彼を突き飛ばした張本人の姿は何処にもなかった。
「そんな !?」
 泣きながら、ペッタリとその場に座り込む。
「あんまりです……あんまりすぎる〜」
 その様子を見て、門番たちは顔を見合わせた。
「……何なんだこいつ」
「飲み過ぎにも程があるぜ……ったく」
 どうやら、リオルを泥酔してるものと勘違いしたらしい。
 まぁたしかに、整った顔立ちで、身なりもちゃんとした成人男性が、泣きながら意味不明のことを口走っていたとしたら、誰もがとりあえず酔っ払いだと思うだろう。そうでなければ、心が楽園の方に飛んでった人間である。
「ほれ、兄ちゃん。とっとと帰んな。ここはあんたの家じゃないんだぜ」
 シッシッと、犬でも追っ払うように手を振る。
「あ、あのぅー……僕は……そのぉ〜」
 リオルは泪顔で、ついでに鼻水も出掛かっていた。
 情けない。
「チイッ、酔っ払いが……」
 門番は顔を顰めた。
「騒がれでもして、親方様が目を覚まされたら後が面倒だ。追っ払っちまおうぜ」
「あぁ。そうだな」
 頷き、通用口の閂を外す。
 一人が狭い入り口を潜って、外に出て来た。
「おらっ! とっとと立つんだ。ニィちゃんよ!」
 しかし、リオルはすっかり腰ぬけ状態で、ただ男を見上げるばかりだった。口を金魚のようにパクパクさせ、間抜けな顔で門番を見返している。
「あ……え……」
「立てよ。ほら、聞いてんのか、おい! 怪我すんぞ、コラァ!」
「ち、違うんです……あの……」
「さっさと立てってんだよ!」
「や、やめて下さいっ……暴力はいけませんよっ、暴力反対っ!」
「――何をやってるんだ」
 そうこうしているうちに、もう一人もやって来た。
「本当に親方様が目を覚まされるぞ……あっちの方にでも引きずってけばいいだろ」
「……ったく、厄介だな……」
 愚痴を垂れつつ、リオルの肩を掴む――が、すかさずリオルがその手を払い退けた。
「ひぃ――――――お助けぇー」
 頭を抱え、叫ぶ。完全に混乱していた。
「ははは……」
「なんだかな……」
 思わず苦笑する門番たちである――その一瞬。彼らの中から任務のことは抜け落ちていた。
「こいつ……ちょっとおかしいんじゃないか?」
「情けない奴だなー」
「そうそう――」
 唐突に、二人の背後から同意の声。
「やっぱし、そう思うだろ?」
「な――――!?」
 慌てて振り返るが――そのまま片方は、相手の顔を確認する前に地面に倒れた。
 後には、二十才ほどの若者が、腕を組んでうんうんと頷いている。
「これで次期当主っつうんだから、ホント世の中安泰だね」
「貴様……!」
 ギョッとして、相棒を見やる。
 地面に倒れた男は、白目を剥いていた。
「!――ノースさんっ!」
 金髪の青年が叫ぶ。
「ノースって……あの!?」
 その答えが出る前に、門番の頭は、横殴りの衝撃と共に地面に叩き付けられた。
「ぅぐっ!」
 悲鳴を上げつつも、男は素早く立ち上がろうとする――その顔を上から押さえ込むと、
「うーん。お疲れだぁねぇ……寝不足は毒だよー」
 そう言って、ノースは笑顔で男の首を絞めた。
「ゥグググ……貴……様……」
 数秒を待たずして、ガクリと首は落ち、不幸な門番当直の男はそのまま夢の世界へ転落した。恐らく目覚めた時は、彼らの主にこっぴどく咎められることだろう――それこそ悪夢のように。
 ともあれ、男がぐったりすると、ノースは手を離した。
「あ……あの……」
 と、リオル。のろのろと立ち上がりながら訊いてくる。
「殺しちゃったんですか?」
「いーや」
 あっさりと――ノースは首を横に振った。
「ちょこっと気絶してもらっただけ……必要なんだったら、とどめ刺すけど?」
「いっ! いいです、いいです」
 と、リオル。冷や汗を流しつつ、丁重に辞退する。
 過剰に混乱した反動か、やけに冷静になっていた。
「ははっ……もう、どうにでもなれって感じですね」
「それは結構。そんじゃ行きますか?」
 ノースは立ち上がり、ひょいひょいっと――地面と仲良くしている門番たちを跨ぐ。
「さーてと。んじゃ、ヤな目に遭いたくなかったら、三メートル以内より離れるなよ。範囲外で何かあっても知んないからな」
「……いやな『目』……って????」
 恐る恐る尋ねるリオルに、
「考えな」
 そう言い捨てて、通用口を潜る。リオルがついてきていることを確認しつつ、まっすぐ正面扉へと走り寄った。
 扉の前には、衛兵が二人立っている。もちろんすでにこちらに気付いて、双方とも刃物を取り出していたが、不思議と増援を呼ぶ気配はない――おそらくは、安眠妨害を嫌うレンゲルの矯正の賜物であろう――どっちにしろ、静かにしてくれる分には大いに結構である。
 ノースは、走りながら腰の物入れに手を突っ込んで、中から掌サイズの筒を取り出した。
はみ出た紐を引き抜き、扉の前に投げつける。
 瞬間――。
 筒は弾けて、強烈な光を発散した。
「ぅぐ――!?」
 強い光線に目を灼かれて、衛兵たちは目を押さえた。ナイフも取り落として、戦闘どころではない。 「な、なんですか!?」
 眩しそうに目を顰めて、リオルが駆け寄ってくる。ノースの真後ろに居たため、光を直接目に入れずに済んだようだ――そのノースは、足を止めて振り返った。
「別になんでもない。ただの花火だよ。遠距離通信用に使う発光弾くらい知ってるだろ?」
「あ。はい」
「ほら、今のうちに行くぞ」
「は、はい!」
「いちいち返事しなくてもいいんだけどな……」
 律儀に頭を下げるリオルに、ちょっと苦笑する。ノースは激昂している衛兵たちに背を向け、手近なガラス窓を――開けようとして、当然ながら鍵が掛かっていたので――叩き割った。
 ガシャン――!
 破片が舞い、細かいガラスが頬に切り傷を作る。しかし、全くお構いなしで、開いた部分から腕を入れて突っ張り棒を抜き取ると、すかさず窓を押し上げた――内枠に残ったガラスを払い、部屋の中に滑り込む。
「キャアァァァーッ!」
「イャアア!」
「誰かぁ!」
 部屋に寝泊まりしていたメイドたちが、思い思いの悲鳴を上げている中――ノースはリオルを引っ張り上げると、すぐに部屋の扉へと走り出した。
 窓を割ってからここまでは、ものの数秒の出来事である。
「さすがに手際が良いですね」
 リオルが、感心したように言う。
「こういうの何回目ですか?」
「馬鹿。初めてだよ」
 憮然とするノース。扉を開けると、さっさと部屋から出て行く。
 リオルは――すぐにそれに続こうとするが――おもむろに、メイド達へと振り返った。
ペコリと一礼する。
「あ……どうも、お騒がせしました」
 そう言って、静かに扉を閉めた。

 そして。
 廊下に出ると、不思議と誰の姿も見当たらなかった。
「……誰も……いませんね」
 小走りに、リオル。
 ノースは――二メートルほど先行し――前を向いたまま返答した。
「こういうお屋敷とかってさ、外はやたらゴテゴテだけど、中はからっきしってのが多いんだよね。お前がいた王族さんのお屋敷も、どうせこんなんだったろ?」
「そう言われてみると、そうかも……」
 たしかに、リオルの記憶にも、深夜廊下を歩いていて見回りの兵士に出くわしたという場面はない。せいぜい、窓越しに外を巡回する姿を目にするくらいであった。
「うーん……これは盲点でしたねー」
 リオルが唸ると、ノースは苦笑する。
「まぁ、さすがに親玉の部屋の前とかは、見張りがいるだろうけど。でも、それまではほとんどフリーパスだね」
 彼の言う通り、廊下をバタバタ走ろうが、階段をドタドタ上ろうが誰もいなかった――おそらく、気の弱い非力な使用人たちは、扉を隔てた向こう側で、この異常な物音に肝を冷やして震えているのだろう。
 そうこうしているうちに、目的の部屋まで十数メートルに迫る。
 が――。
 不意に、ノースはゆるゆると速度を落とした。
 やがて、立ち止まる。
「どうしたんですか?」
 リオルも追いついて、横に並んだ。
「うん……」
 と、ノース。前方を見据えたまま呟いた。
「なーんか、妙じゃないか?」
「え……?」
 リオルも、その視線の先に目をやった。
 見ると、奥の部屋の前に人影が立っている。
 暗がりの中、扉のすぐ横の壁にもたれるようにして、じっと佇んでいた。
「見張りの人……ですよね?」
 恐る恐る尋ねる。さすがに異常に気付いたのか、声が震えていた。
 ノースは、返答はせず――動作でリオルに待ったをかけると、動かない見張りにゆっくり近付いた。
 見張りは、壁に背を密着させているものの、両の足でしっかりと直立している。体格からして男性のようだが、俯き加減に顎を引いていて表情を窺い知ることは出来ない。ただ、この距離で侵入者である自分たちに気付かぬわけがない――間合いをみているのなら、あと数歩も接近すれば何らかの反応を示すはずである。
 と。
 数メートルのところまで来ると、ノースは足を止めた。
 静かに息を吐く。
「なんだかねー」
 見張りは死んでいた。
 しかも、喉をナイフで一突きにされ、そのまま壁に貼り付けにされている――何処をどうやったのか、ほとんど出血はしていない――男の顔は、苦悶の表情のまま固まっていた。
「やれやれ……」
 ノースはいささか複雑な表情になり、首を振った。ナイフに左手を掛け――少し間を空けてから、それを引き抜く。
 途端に、男はバランスを失い床に倒れた――それを寸手で支えると、ノースは冷たくなった男の躰を床に横たえ、ポツリと呟いた。
「痛いよね、やっぱ……」
「……あの……ノースさん?」
 リオルが心細い声を上げる。もうだいたいは理解できているのだろうが、それでも指示された地点に留まっていた。
「その……大丈夫……ですか?」
「ん。あぁ――」
 と、ノース。リオルに向き返ると、手招いた。
「とりあえず大丈夫だよ、こっち来ても……ま。嫌なら別にいいけどな」
「あ、はい……いえ……」
 と、リオル。よろよろと近づくと、ノースの肩越しに顔を出した。
「…………し、死んでるんですか?」
 黙って頷 く。
「そ、そんな……何で!?」
「さぁ? こいつが自分で刺したのか、誰にやられたのか――」
 正直言って、そんなことはこの際問題ではない。
 ノースは肩を竦め―― 一旦、左手の中に視線を落としてから――扉の向こうを睨んだ。
 ドアノブを掴み、ゆっくり回す。回りきったところで、
「どっちにしても、先客がいるって事だ」
 そう言って、一気にドアを開け放った。

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