episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 2 アマトス事件簿、二十四時 (6)
前へ | 目次へ | 次へ

「『サンド・アルフォート=レンゲル氏、暗殺さる』……か」
「犯人は依然逃走中のもよう――使用人の話から、市内に潜伏中のラムバーダン人であるという見方が強い……って書いてありますね」
 覗き込んで指差す、リオル。
「結局、通報してやがんの。ま、さすがに死人が出れば、黙ってるってわけもいかないか。それにメンツを保つ必要がある本人が死んだんじゃなー。あはは……って、笑ってる場合じゃないか……」
 ノースは大きくため息を吐くと、手に持っていた小冊子を投げ出した。
 アマトスで一番良心的な新聞――ボン・タイムズには、昨夜の出来事がデカデカと記載されている。ユニオンの上級幹部であるレンゲル公の悲報を、一面で報じていた。
「あーぁ。俺は、使用人を二人転ばしただけなんだぞ、まったく……」
「窓も壊しましたけどね」
 と、水を差すリオル。整った顔に、今は疲れの色を表しながら、力なく笑う。
「まぁ、僕は違うって知ってますけどね。証人になってあげてもいいですよ」
「お前に承認されてもなぁ……色めき立った連中が何て言うか……」
 と、ノース。ぼやきつつ、そっと外の様子を窺った。
 朝靄の中を――早朝にもかかわらず――数人の人間が、忙しく立ち回っている。制服から見て取って市議会直轄の捜査官たちであろう。
「……ほーんと、朝っぱらからゴクローだねぇ」
 彼らは重罪人の『自分』を捜しているのだ。おそらく近年ねぐらにしていた宿も、すでに捜査の手が及んでいるに違いない。
 明け方――レンゲルの屋敷をこっそり抜け出した後。二人は、路肩に止めてあった荷馬車に潜り込んで捜査班の目をやり過ごしていた。
 馬車の荷台というと、いかにも隠れてますという感じで、すぐ見つかりそうなイメージだが、荷馬車=商人の持ち物=商業連合組合の管轄となるため、市の捜査官といえど許可なしで触れることは一切許されない――一時的とはいえ、下手にジタバタ動くよりはよほど安全だった。
 そして、ユニオンはまだ何の動きも見せていない。
「――それはそれで不気味だよなぁ……」
 首を捻るノースである。
「ユニオンもなに考えてるんだか……それともいなくなって好都合ってことかな?」
「どうなんでしょうね……」
 リオルもまた首を傾げた。
「僕、本部まで行って確認して来ましょうか?」
「いや、いい」
 と、ノース。
「――絶対ボロ出すから」
「そんなことないですよ〜」
「そんなことあるね」
 つっけんどんに返す。
 ちなみにリオルは捜査の対象になっておらず――ラムバーダン人という単語のインパクトに他の情報は霞んでしまったらしい――別に隠れたりする必要もないのだが、変に歩き回られても迷惑なだけなので、そのまま連れて雑用をさせていた。もちろん新聞を買いに行ったのもリオルである。
 そのリオルは、木箱の陰に窮屈そうに屈み込んでいる。
 肩を縮め、小声で訊ねながら、ノースに紙袋を差し出した。
「で。これからどうするんですか?」
「どうするって……言われてもね」
 と、ノース。リオルが調達して来た朝飯を袋から出しつつ、天井を見上げた。
 幌を透した朝日が、荷台に染み込んでくる。
 柔らかな光線は、彼にまとわりついた陰影をくっきり浮かび上がらせ――降り注ぐ光の行方を追うように目線を落とすと、ノースは苦笑いになった。
「この状態で歩き回っても、目立つだけだしなぁ……」
 見回す、自らの姿――着替えなど当然出来るわけがないので、血まみれのままである。
 上着の右半分は血液で赤黒く染まっているし、髪の毛にいたっては斑になっている。
 そして――元凶たる右額には、切れ味の悪い彫刻刀で抉ったような幅広の傷が、こめかみから耳のあたりまで走っていた。
 止血はしたし、乾いてきてもいるが、やはりどうにも痛々しい。
 リオルも、何度となくその傷に目をやっては、その都度顔を顰めていた。
 当の本人は、結構平気な顔で――今も平然とサンドウィッチなど食べているのだが……。
「しっかしなぁー」
 と、ノース。血でバリバリになった髪の毛を掻き毟り、リオルに横目を向けた。
「なーんか、今回変なことばっかり続くよな。やっぱし貴族の依頼なんて受けるんじゃなかったかな? 安請け合いするもんじゃないねー」
「……すみません……」
 と、リオル。何がどうすまないのかも理解しないまま、ほとんど反射的に頭を垂れる。
「申し訳ありません……僕のせいでこんなことに……」
「…………いや―」
 そのやたら従順な態度を見て、ノースは少し溜飲を下げた。
 どっちかというと、まるで犬でも叱っているような気分になったからだが――リオルの顔を上げさせると、静かに首を振る。
「謝らなくてもいい……謝る必要もないよ。成りゆきでこうなったんだし、別に恨んでやしないから」
「でも……」
 と、リオル。
「これからどうするんですか?」
「さーねェ」
 ノースは空になった紙袋を丸め、
「捕まるってのもいい気はしないし……しばらくはアマトスから出るかな? 何かアテがあるわけじゃないけど、まぁ、適当にうろうろするよ」 
 言いつつ、それを手近な木箱に放り込んだ。
 木箱にはフタはなく、『ワレモノ注意』と書かれたステッカーが貼られている。中身は陶器のようで、古新聞や紙屑が、クッション代わりに詰め込まれていた――その箱に、ノースが投げた袋が緩い放物線を描いて収まる。それを、じっと目で追っていたリオルだが、
「じゃ、じゃあ――」
 と、やおら身を乗り出した。
「じゃあ、このまま僕の護衛をして下さいませんか?」
「は?」
 ノースの目が点になる。
「なんだって?」
 思わず聞き返すと、リオルが真剣な面持ちで頷いた。
「こんなことになったのも、元は僕の責任ですし……それに、やっぱり僕一人じゃ道中心細いんですよね。ですから――」
「ちょいまち」
 と、リオルを遮ってノースが声を上げた。
「なぁに勘違いしてるんだか知らないけど……俺は間抜けなあんたに心配してもらうほど落ちちゃないぞ」
「でも――その……」
 申し訳なさそうに言う、リオル。
「やっぱり、色々と……不自由……でしょう?」
「は。あのねぇ……」
 ノースは嘆息し、そして、急に真顔になって言った。
「――それは俺に護衛して欲しくて言ってるのか? それとも、ラムバーダンだから同情とかしてるわけ?」
「え……前者……ですけど」
「じゃあ。何で、わざわざ言い訳がましいこと付け加えるんだよ? そういう時ぐらい、『私の護衛をしろ!』とか何とか貴族らしい言い方してみろっ」
「!?――――」
 今度はリオルの目が真ん丸になる。
「い、いいんですか?」
「ん?」
 ノースは小首を傾げた。
「断る理由もないでしょ?」
「あ――!」
 みるみる――リオルの顔が明るくなった。
「ありがとうございまっ――」
 景気よく叫ぼうとする。そこへ――何食わぬ顔で――ノースが新聞を突っ込んだ。
「ウググ……」
「……まったく。声がデカイんだよ……お前は」 
「ば、ほひ。ぶひばへん……」
 ペコペコと頭を下げるリオルに、ノースは呆れたような半眼を向ける。
「たーだーし、ウォーナルには行かないからな。貴族がウジャウジャいる町なんて、近づきたくもないし……どうせ、あちらさんだって近付いて欲しくないだろうからな」
「はひ」
 リオルは、新聞を銜えたまま、ニッコリと頷いた。

前へ | 目次へ | 次へ