episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 3 豆台風接近中!? (1)
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 バランゲル王国(厳密には『元』だが)の国土は広い。
 北大陸と呼ばれる大陸の、西半分を占めている。
 南海岸線を縁どる緩やかな丘陵地帯に始まり、広葉樹や針葉樹の交わる大森林。そして、雪に閉ざされた北の寒冷山脈の麓まで……。
 仮に、端から端まで踏破しようものなら、慣れた旅人でも半年はかかるだろう――それほど広大な面積を持つ王国であった。
 つまり、その広過ぎる領土を持つバランゲル王家は、手入れが面倒な広い庭を抱えたようなものだったのだ。
 広いため、目が届く範囲は限られる。届いたとしても、見ているとは言えない。
 初めは名君として信望を集めた王族も、月日が流れるうちにその統治はとことん偏ったものへと変貌し、いつしか典型的な専制君主――貴族階級者にだけ持て囃される存在へと姿を変えていった。
 かつて自分たちを支配下に置き、管理政治を行っていたラムバーダン人たちを、疎み、平等な社会を望んだはずが、いつの間にか自分たちも同じことを繰り返していたのである。
 国内は、貴族を中心とする王権派と、それに反発する反王権派。そして、王族や貴族に無関心な国民――この三つの社会に分裂していき、王族の守護者・女神ガルーダはこの状況を嘆いて国を見捨てた――。
 多くの者がそう思った。
 所詮、彼女の本心は彼女だけが知り得るものだというのに――。
 ともあれ、バランゲル家の政治は崩れ、クーデター派も勝利を収めると何をするわけでもなく王都から姿を消した。民衆も北の貿易都市へと流れていった。
 元・王都ウォーナルには、甘い汁を吸い、夢に酔って生きてきた貴族たちだけが取り残されたのである。

「ふーん。じゃあ、今のウォーナルなんてひどいもんだろ?」
 手折った枝でペシペシと辺りを叩きながら、ノースは呟いた。薄紫色の双眸が、なにやら
面白そうに隣を見上げている。
 隣―といってもやや後方―で、リオルが頷く。
「ええ。僕もあれから一度しか戻ってませんが……酷い有様ですよ」
 流れる金髪に、文句の付け所がないほど整った顔立ち。掛値なしの美男子である。深いグリーンの瞳が、理知的な光を放っている――その顔に苦いものを浮かべて、リオル。
「なんて言うのか、ゴーストタウンって感じですね。人は住んでるんですが、町中には誰もいない……ほとんど外に出ない状態なんです」
「クーデターの影響で?」
「というより、女神がいなくなった、というのが原因でしょうね。心の支えが抜け落ちて不安でしょうがないんです。皆、臆病なんですよ。根本的に……」
「ま。それは、見てればわかるけどね」
 ノースがニヤリとすると、リオルは少々バツが悪そうな表情になった。
 まわりは、どこまでも木が続いている。
 アマトスからウォーナルを結ぶ街道――そこから少し離れた森の中を、彼らは進んでいた。 街道を遠ざけたのは、もちろん人目につくのを避けるためである。
 なにしろノースには、アマトスの有力商人レンゲルを暗殺した容疑がかけられており、あちこちに殺人犯として手配書が貼られているのだ。本当は濡れ衣だが、なまじ侵入した事実があるため弁解の余地はない――そのノースを護衛としてリオルが誘い、なし崩しにアマトスを出たのが、もう三日前のことになる。
「……要するに、支配されてないと落ち着かないんだろ……勝手なもんだよね」
 ノースはぼやきながら、下生えを鬱陶しそうに掻き分ける。日光が遮られた森の中であるため高さはないのだが、足場が悪いので遅々として進まない。くっついてるお荷物のために、わざわざペースを落としているのも大きな要因であった。
「……それにしても」
 と、お荷物――いやリオル。足元を気にしながらも、こちらを窺い見て、心配そうに訊ねた。
「その怪我。本当に、大丈夫なんですか?」
「あ? ああ、これのこと?」
 ノースは、一瞬何のことか理解できずにいたが――気が付いて――自分の右の額を指差した。
 上からの僅かな陽光に照らされた彼の額。そこには、相変わらず例の傷が姿を覗かせている。
 額と耳とを一直線に結ぶ赤い軌跡――傷痕と称するには、まだあまりに生々しすぎる割れ目である。
 ただ、現在は手当て済みで、傷口も肉芽が盛り上がってきていたし、血で斑になっていた髪の毛も、濯いで一応さっぱりとしていた。
 上着に関してはどうしようもないのでそのままだが、乾いているとはいえ血染めになったものを着続けるというのも、あんまり気分がいいものではないため、脱いで腰に巻つけている。
「やっぱり、ちゃんとお医者さんに見てもらった方が、良くありません?」
「……お医者さん……ね……」
 リオルの言葉に、ノースは少々困ったような顔になった。
 歩きながら四方をグルッと見回し、鬱蒼と続く木々やその隙間に浮かぶ陰影を一辺倒に均していく――やがて、終点の始点に戻ると、首を傾げた。
「――ここで?」
「そ、そりゃあ、ここにはいませんけど……」
 無下に返されて、たちまちしゅんとなるリオルである。その場に足を留めると、言いにくそうに口籠る。
「でも、きっと……あの……その傷、残ってしまうんじゃないかと……」
「…………」
 それを聞いて、ノースも――数メートルの間を空けて――立ち止まった。
 前を見据えたまま、相槌を打つ。
「……だろうね」
 その他人事のような呟きと、静止した背中に、何やらうすら寒いものを感じて、リオルは肩を縮めた。
「たぶん、痕になると思います……そんなに目立たないとは思いますが……」
 声も、尻窄みに小さくなる。まるで余命を告知しているが如く、歯切れの悪い調子で言葉を継いだ。心内は罪悪感でいっぱいで――ノースが足を止めたのは、自分の発言にショックを受けたからに違いない――そう考えると、心臓が絞られる思いだった。
「……すみません。僕のせいで、こんなことに……」
 と――聞こえたわけではないのだろうが――ノースが振り返った。
「う〜ん……まぁね。傷なんて、あったからって得するもんでもないし、無いにこしたことないけどさ」 
 そう言うと、手に持った枝の先っぽで、傷口を叩いて見せる。
「でもまぁ、無かったからって別に得するもんでもないしな……。あろうとなかろうと結局はおんなじことだよね」
「へ?」
 絶句する、リオル。
 予想もしなかった反応に、思いきり面を喰らっていた。
 振り向き、自分に向けたその顔―。
 笑顔である。
(まさか、気にしてな……い……? まさか、ね……)
 だが、そのまさかが正解のようだった―足を止めたのも、精神的苦痛やら心神喪失の類ではなく、単に〈後続者が止まったから〉らしい。
(だ、だけど……)
 それでも、いまいち認めきれずに、リオルは再度問いかけた。
「いくら目立たないっていっても、頭の怪我なんですよ? 何か後遺症が出ないとも限りませんし……」
「あぁ。そういうのも、あるかもね」
 再び、こともなげに頷くノースである。どちらかと言えば、この話題自体に興味がないようで―唐突に、全然違うことを言いだした。
「しっかし。あの女、なんなんだろな? 見境がないっつーのか……。まあ、バケモンには違いだろうけど。あんなのに目付けられンのは、かなり嫌だね〜」
 お気楽な口調――それを聞き、リオルはひとりで自己嫌悪の輪に填っていることに気が付いた。同時に、気を遣っているつもりの自分が逆に気を遣わせているという事実も、強烈に認識する。
(やめよう。この話は……)
 数回息を吐き―ややあってから、静かに呟いた。
「……本当。あの人は誰なんでしょうね?」
「さあ?」
 と、ノース。肩を竦める。その表情が心なしか満足げに見えるのは、リオルの引け目だろう。
「それこそ、お前らの女神様がご存じなんじゃないのか?」
「やっぱり、これが目当てだったんでしょうか……」
 言いつつ、リオルは自らの両腕に抱えた物体に視線を移した。
 布で何重にも巻かれた棒状のもの。彼の身の丈ほどもあるそれは、〈もうひとつの女神〉の名を持つ、女神の錫杖である。
 もっとも、『杖』といっても、その形状は槍か鎌に近い。宝石や飾り的な意匠は見当たらず、十字に分かれた先端にそれぞれ鋭利な突起が伸びている。
 簡素ですっきりとした外観は、一見合理的な武器を思わせるが、槍として扱うには、十字の中央に据えられたリング状の円盤があまりにも邪魔であった。それに、見た目と反し、重心は下部―ほぼ石突きに近いあたり――にある。軽く地面に突き立てただけで容易に直立するぐらいで、先端の重みを利用して一撃を与える槍の本分には到底及ばない。かといって、杖として体重を支えるには持ちにくい……なんにしろ厄介な代物だった。
「でも……何も、殺すことないですよ……。あんなの、酷すぎる……」
 言っているうちに、あの青と赤の対比を思い出したのか――リオルはブルブルッと身震いすると、杖ごと自らの両肩を抱きしめた。
「ですよね。ノースさんもそう思いますよね?」
「……そりゃあね」
 と、ノース。あっさり同意するが、かなり上の空な返答でもあった。正直、頻繁に下降するリオルのテンションにウンザリ気味で――くたびれていた。初めのうちは、逐一引っ張り上げていたのだが、あまり意味がないことを知り、それもやめている。むしろ、より手っ取り早い方法を見つけたというのが的確だ。
「それはそうと――」
と、その一番効果的な対処法――とっとと話を切り替える――を再度実行する。
「結局、行き先はウォーナルなのか? 言っとくけど、俺はウォーナルには行かないぞ」
「あ、あぁ……はい、いえ――」
 リオルは慌てて顔を上げた。
「ウォーナルじゃありません。それより東側の、マーカーバレイという小さな村――姫様がおいでになるのもそこですが――そこまで行ってもらいたいんです」
「マーカーバレイ? 聞いたことないな」
 首を傾げるノースに、頷き返す。
「何分小さな村ですから……。しかも断崖の谷にあるので、外部との交流もほとんどありません。もちろん地図に載ってませんし、村人以外では知ってる者も少ないんじゃないかと思いますよ」
「じゃ、なんでお前らは知ってるわけ?」
「レ――いえ、姫様がご存じだったんです。どうしてかは僕も知りませんが……」
「テキトーだな〜。そんなんで大丈夫かよ?」
「はぁ……。でも、確かに良い立地なんですよ。なかなか見つけにくい場所ですし……だからこそ姫様も隠れ場所に選ばれたんでしょうね」
「…………なるほど。ね……」
 と、ノース。会話の要点が消化しつくされるのを待つように、ほんの少しの間考え込んでから――おもむろに、ニヤリとした。
「しっかし。姫様、姫様って、ずいぶんご執心なコトで。実際、かなり私情入ってるだろ?」
「あはははっ――」
 微笑む、リオル。
「まあ、なにしろお小さい頃からお仕えしてますからね。正直なところ、実の妹みたいになってしまってるっていうのはありますね」
「ふーん……それだけ?」
 と、ますます人の悪い笑みを浮かべるノースである。
「それだけかなぁ?」
「あ――何考えてるんです?」
 と、リオル。含むところを察して、口を尖らせた。
「分かってますよ……ないです! ありません。だいたい、いくらなんでも年が離れ過ぎでしょう?」
「――そうかな?」
「そうです! 姫様は十七才なんですよ。今年で二十六の僕が、相手になるわけないじゃ
ないですか」
「ふぅん……」
 必死に弁解すると、ノースは――まだ何か言いたそうではあったが――黙って目を細めた。
「違いますからね。そんなんじゃないですよ」
「わかったわかった」
 だが、含み笑いは消えない。
「だ〜か〜らぁー、もーっ!」
 勘弁してくれ! という表情でリオル。
 しばらく困っていたが、ちょっとふくれ顔になったかと思うと――、
 いきなり。
「そんなこと言ったら、ノースさんの方がよっぽどお似合いですよ。齢も僕よりよっぽど近いですし」
 と、スペシャル級の反撃を放った。
「あ―あのねぇ〜」
 ズルッ、と足を滑らせて――ノースは手近な大木に縋り付く。
 よろよろと――なんとか顔は上げるものの、後はひたすら苦笑。
「……リオル。お前、俺が何歳だか知ってんの?」
「知りません」
 キッパリと――何故か自信たっぷりに言うリオル。憮然としたまま、後を続けた。
「知りませんけど、二十才ぐらいなんでしょう?」
「はぁ〜……」 
 ノースが、やれやれといった感じで、額に手をやる。
「……俺さ。これでも、かれこれ二百年近くは生きてんだよね……」
「え!?」
 と、その時――。
 静かな森の中に、轟音が響きわたった。

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