episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 3 豆台風接近中!? (3)
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「うわー、すごい人数だなぁ……」
 完璧に田舎者の顔で、リオルは言った。
 街道より少し傍に入った広場――その入り口に突っ立って、キョロキョロとあたりを見回している。
「テントの数も半端じゃないぞ。五十はあるんじゃないかな……」
 彼の言葉通り、周囲には大小のテントが並んでいる。大勢の人間が忙しく立ち回っていた。
 所々に馬車の姿も見受けられ、彼らが移動の途中であることを物語っている――おそらくは貿易商の一団で、ここで一泊する準備をしているのだろう。
「これは、貿易商でも名の通った、ゾフィ・ルナー氏のキャンプですね」
「あったりー!」
 と、少年が手を上げた。元気いっぱいで―まるで旋風か豆台風の如く、周囲にエネルギーをバラ撒いている。
「るなー・あんはーど、だよ」
「やっぱり!」
 振り返り、嬉しそうに頷くリオル。
「うんうん。ルナー・アンハードかぁ。初めて見るけど、やっぱり本物の商隊はすごいなぁ」
 ルナー・アンハード――バランゲル王国で一番の規模を誇る貿易商団である。別に学校の履修項目になっているというわけではないが、この国に住む者なら子供でも知っている名前だった。
 たしか、ここの首領は商業連合の元締めでもあるはずだ。
「あの荷物は、みんな売り物なんですかね?」
 リオルが指差したのは、馬車の荷台に山積みになった木箱であった。どの荷台にも同じような荷が積まれている。
「そうだよ! こんど、うぉーなるにいくんだ!」
「へぇ――そうですか。僕もウォーナル出身ですけど、以前はここの商品を買わせて頂く機会も多かったので、よくお世話になりましたよ」
「じゃあ、にぃーちゃんたちも、うぉーなるにいくの?」
「それはね――」
「どーでもいいんだけども……」
 と、楽しげな会話を遮って、ノースが口を挿んだ。
「なんで。お前、いつまでもくっついてるんだよ?」
 言いつつ、腰のあたりに目を落とす。そこには、少年が上着を掴んで――つまりは腰に巻つけて尻尾のように垂れ下がっている袖を握りしめて――きょとんとしていた。 
「いい加減ね、離して欲しいんだわ。頼むから――」
「ヤだ!」
 ノースの懇願もなんのその。言下に拒否すると、少年は無邪気な笑顔になって益々ぴたーと引っ付いた。
「にぃーちゃんといっしょが、いぃんだもーん!」
「やれやれ……」
「すっかり、気に入られちゃったみたいですね」
 諦めて、嘆息したところに、リオルが笑顔で尋ねる。
「――しっかし、何がそんなに良かったんでしょうかね?」
「どーゆー意味だよ」
「いや〜。こんな人として屈折してるっていうか、意地悪な人の、どこがいいのかなぁ〜とか思ったりして――って、あ、あはは……冗談ですよ。冗談」
 ノースが一瞬、本気で険悪な表情になったのを見て、リオルは慌てて首を振った。取り繕うように、やたらニコニコとする。なにやら冷や汗のようなものも流れていた――と思いきや、
「でもね。このお兄さんのドコがいいんだい」
 と、ちゃっかり本人にリサーチしたりもする。
「ね――ボク?」
「ヒョウだよ! ひ! よ! う!」
「あ、じゃあヒョウ。なんでかな?」
「んーとね……」
 少年――ヒョウは、あどけない顔を精一杯顰めて、考え込んだ。
「……んーと、えっと……あ!」
 何か思いついたのか――パッと顔を上げる。
「分かった?」
「うん!」 
 元気良く頷き――どちらかといえば、質問したリオルより、なんとなく返答を待っているだけのノースに向かって――キッパリと言った。  
「にぃーちゃんだからっ!」
「あ――」
 ドドッとコケる約二名。期せずして、同じタイミングで倒れた。
「あ、あのなぁ〜」
「うーん。子供の考えることって、分かりませんねぇ……奥が深い」
「えへへ〜」
 頭を抱えるノースと、苦笑するリオルを交互に見上げて、狼犬の少年――ヒョウは何の底意もない笑顔を浮かべるのであった。

「ふーん……。じゃ、あんた達が、レイダックの奴に襲われて危ない目に遭ってたこの子を助けた……つまりはそーゆーこと?」
「そーだよ! オヤカタさま!」
 すこぶる上機嫌で、元気良く答える――そのヒョウとは対照的に、ノースは黙ったまま。
 リオルに至っては、
「はーっ。あのシーサーペント、『レイダック』っていう名前なんですか〜?」
 などと、関係ない箇所に関心を示している。
「名前をご存じってことは、あのサーペントけっこう有名人だったんですね」
「そうだよおニィさん」
 と、貿易商団『ルナー・アンハード』の女首領―ゾフィ・ルナーは、笑顔で頷いた。
「あのクソ蛇野郎は、いっつもアタシたち貿易商を妨害して来るんだ。商人たちの間じゃ『交易潰しのレイダック』って言ってね、かなり有名なんだよ―」
 そこまで言ってから、リオルからその右側へと視線を移す。
「しっかし。アタシも長いことこの商売してるけど、モノホンのラムバーダン人見んのは初めてだよ」
 興味津々といった面持ちで、ノースをしげしげと眺めた。
「ふぅーん……アンタが近頃アマトスで噂になってたコかぁ。昔世界を支配してた魔物だっておバァちゃんから聞いてたから、どんなのかと思ってたけど……目の色違うだけで、他は別に何てことないんだねぇ?」
「………………」
 当の本人はというと、ウンともスンとも言わない。彼女の顔すら見ていない。
 そのノースの傍で、ヒョウが両手を振り回してニコニコッとした。
「にぃーちゃんが、レイダックをぱパぁーとおっぱらったんだよ! ほんとだよ!」
「あぁ、分かってるよ」
 と、ゾフィ・ルナー。微笑み、そして左手に持った煙管を銜えると、フーッと薄い煙を吹いた。テントの中に、一瞬もわっとしたものが立ち込め――すぐに紛れていく……。
「――ま。アタシにしてみりゃ、ウースだろうがラムバーダンだろうが関係ないけどねぇ〜。可愛いムスコを助けてくれた恩人に、銃を向けるようなマネしやしないよ」
「彼が息子さんってことは、ルナーさんもウース族なんですか?」
 リオルが尋ねる。彼は、この折り畳み式の簡易椅子に座る時でも、姿勢を正していた。
 ゾフィ・ルナーは鳶色の瞳を大きく開いて、
「ぁん――――? あぁ、この子のこと? 違うよ。アタシはウースじゃないよ」
 自慢の巻き毛を指でクルクルと弄くりながら、ウインクをして見せた。
「この子は、三年前にアマトスで売りに出されようとしてたのを、アタシが引き取ったんだ。だから、アタシの息子みたいなもんって、わ・け!」
 色気もたっぷりに言う。ただリオルには、彼女の仕草より彼女の発言の方が気になったようであった。
「――人身売買!? 酷い! まだそんな悪癖が残ってるなんて! だいたい、誰なんですか?売りに出そうとした人は!?」
 拳を振って激怒する。心底憤慨していて――勢いの余り立ち上がろうともした。
 それを「まあまあ……」と抑えて、ゾフィ・ルナー。
「まぁ。なにせ、アマトスでも一等な悪党だったしね。アイツに今さらそんなこと言っても、馬の耳に念仏……いや、『泥鰌に長説教』ってトコさ」
 ケタケタと、笑う。
「――?」
 ふと。
 彼女の〈言葉〉が引っかかって――それまでずっと沈黙を保っていたノースは、顔を上げた。
「泥鰌……って、ひょっとしてレンゲルのコトか?」
「おっ! よーやく、口聞く気になったってわけかい?」
 ゾフィ・ルナーが、ニヤッと、こちらを見る。
「――で、なんだっけ? あ、そうそう。あんたレンゲルを知ってんの? あのオヤジ、顔見てるだけでイライラするんだよねぇ……どう? 奴さん、元気にやってる?」
「いんや――」
 と、ノース。頭を振って、一言。
「死んだよ」
 そして、そこで初めてゾフィ・ルナーに、直接目を向けた。
 明るい緋色の髪が、まるで焔そのもののように、彼女の日焼けした顔を彩っている。
 どちらかと言えば大柄で、態度もデカイ。しかし、その―人当たりが良さそうな、キリリとした顔には、今は驚愕の表情が表れていた。
「マ……マジ!? 何で? まぁ、くたばったなら、それはそれでいいけどさ……。殺されたのかい?」
 その問いに、ノースはコックリと頷き――、
「俺が殺した」
「ぅえぇ!?」
 バンッ!――と、思わずゾフィ・ルナーは、両手をテーブルに衝いた。腰が浮き、彼女の手から投げ出された煙管がノースの足下に転がり落ちる。それを拾い、落とし主に差し返すと、
「――て、ことになってる。少なくてもアマトスじゃね」
 と、ノースは肩を竦めた――リオルが「本当は濡れ衣なんですけどね」と付け加える。
「……ホントは、バケモン女が縊り殺したんだ。俺たちはたまたま別の用で居合わせて……でまぁ、結果がコレ――」
 言いつつ、前髪を掻き上げる。
「ぅわっ! 痛そ〜っ!」
 傷を見るなり、ゾフィ・ルナーは顔を顰めた。ただ、そこは商業連合の表裏を束ねる組合長である。さほどは動じずに――力抜けした感もあったが――固い表情をおさめて、見た目より大きい尻を、元の位置に落ち着かせる。
「あー、びっくりした……。仮にあんたが殺ったんだったら、アタシは一応ユニオンの責任者として、あんたの始末を考えないといかんとこだったよ……でも、そっかぁー。あのオヤジがねぇ〜。そりゃあ、なんとも――」
 おもむろに顎に手を添えると、身をよじった。
「くぅ――――っ! アタシも見たかった〜! 絞め殺されてるトコ! ちぇー、惜しいことしたなぁ……」
「そういう問題ですか……」
 呟くリオル。笑っていたが、同時に尋常でない量の冷や汗を構いてもいた。おおかた、勝手に一触即発な危機的状況を連想していたのだろう。
「そーゆー問題なのっ」
 ニカッと――灼けた肌と対照的な白い歯を見せるゾフィ・ルナー。
「ま。ともかく、今日は泊まってきなよ。どうせろくにヨーイもしないまま、飛び出てきたんだろ? 入り用なもんがあったら何でも言いな。安くしたげるからさ!」
 そう言って、またウインク。
 その――まるで幼児のような――爛漫な笑顔を見て、リオルは感心の息を漏らした。
「――さすが、母子。似てますね」
 もちろん。ノースも黙って頷いた。

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