episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 3 豆台風接近中!? (4)
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 パチパチと、そこここに点てられた篝火が火の粉を散らしている。明々と燃える炎が、とっぷりと暮れた闇空を、じりじりと焦がしていた。
 篝火には、明かりの役目と同時に獣除けの役割もあるため、キャンプを一周するように設置されている。そのため、遠目で見ると、広場は火事になっているようにも見えた。
 火の輪の中心には一際大きい櫓火が燃えており、それを囲んで、たくさんの商団員たちが楽しげに騒いでいる。
 そこからだいぶ距離を置いたところの、簡易テーブルに突っ伏して――、
 ノースは、まわりをぼんやりと眺めていた。
 左手は、卓上に乗せた頬の下。そして、右手には氷割り蒸留酒のグラスを持って、カラカラ回している。
 周囲に人は多いものの、彼を見ている者は誰もおらず――すぐ近くに、やたらと目立つもうひとりがいるためだが――ノースは、久々にくつろいだ気分になっていた。
「しっかし――」
 視線を振り――人の塊の中心まで動かすと、思わず苦笑する。
 目線の先、その真ん中にはリオルがいた。
 十数人の女性に取り囲まれ、執拗な尋問に遭っている。困ったような顔をして――それでもいちいち丁寧に対応しているところは、いかにも彼らしい。
 取り巻きの女の子たちは――というと、完全にリオルの美形としての容姿が目当てらしく、彼が何気なく笑顔を浮かべたり前髪を掻き上げたりする度に、歓声とも悲鳴ともつかない奇声を発していた。
「……知らないってのは、幸せだね」
 ボソッと独りごちる。と、
「――誰が幸せだって?」
 背中をドーンと叩かれた。同時に、ゲラゲラと笑う声。
「なぁ〜に、ひとりでさみしーくしてんだい?」
 見なくても誰だか分かる。それでも無理矢理目を向けると、案の定――ゾフィ・ルナーが、ボトル片手に仁王立ちしていた。
「こんなトコで、湿っぽくしてなぁいでぇ、あっち行ってサ〜共に呑もぅ!」
 酔っている。
 ゾフィ・ルナーは、ウヒヒヒ〜と不気味に笑うと、ノースの腕をぐいぐい引っ張った。
「ほらぁ、ほらほら〜。そろそろ賭け試合も始まる頃だしさぁ。なんだったら出るぅー?」
「賭け試合〜?」
 ノースはさも胡散臭そうに眉を寄せ、櫓火の方を見やる。すると、確かに傭兵たちと思しき一団――手に手に剣を下げた物騒な姿――が目に入った。こういう団体キャンプでは、むしろお馴染みの光景である。酒を飲んで騒ぐか、女を抱くか……あとはせいぜい打ち合うことぐらいしか愉しみがない野蛮人どもが、勝ち抜き方式で試合をし、どちらが勝利するかを見物人が賭ける――そういう嗜好行事なのだが……。
「ヤなこった」
 ノースは即座に目を背けた。
「そんなしち面倒なこと、まっぴらゴメンだね」
「うふん。もぉう〜、んなコト言わんでさぁ〜」
 と、ゾフィ・ルナー。後ろからしなだれかかると、酒臭い息をノースの耳元に吹きかけ、頬を突っついた。
「グゥゲッヘッヘ……ねぇねぇ〜、あんたも参加しなさいよぉーおー!」
「……完璧に酔っぱらってるね」
 ノースが言うと、
「あはははー、そぅだよぉーん」
 陽気に、笑う。
「ほらぁー、出なってばさ。アタシも出たげるから……ねっ」
「イ・ヤ・だ」
 と、ノース。一語一語にアクセントを置いて、ハッキリ突き放す。そのまま、グラスをテーブルの端に追いやって、ふて寝の体勢――まともに話をする気は皆無である。
「酔っぱらいの相手をすると、ろくなことにならないからな」
 真理である。
「ちぇー」
 ゾフィ・ルナーは口を尖らせた。
「いいよぉーだ。そんなこと言うんだったら、こっちにも考えがあるもんねぇー」
 立ち上がり、虚ろな視線で周りを見渡したかと思うと――、
 やおら。 
「ぅおーぃ! 次はアタシが試合すんぞぉー! お頭様だぞー! 相手は、ぬぅわぁーんと!今夜限定! スペシャルゲストのラムバーダン人だぁ! さぁー、全員賭けろーっ!」
 と、とんでもない大声で怒鳴った。
 当然、全員が振り向く。
 そこに、仁王立ちポーズの首領、アンド、テーブルに顔を乗っけたまま固まってるラムバーダン人を認めるなり、商団員達の間にどよめきが走り――やがてそれは歓声へ変わっていった。
「ほぉーら、期待されてるじゃん!」
 どうだ!――とばかりに、大威張りで胸を張るゾフィ・ルナー。
「こりゃ、もう出るしかないねぇ〜、いっひっひっ……」
「……まったく」
 嘆息するノース。
「やるとは思ったけど、まさかホントにやるとはね……」
 迷惑そうに半眼を向けるが、ゾフィ・ルナーに悪びれた様子は全くない。
 パタパタと手を振って、
「いーからいーから。それだけみーんな、あんたに興味があるってことなんだからぁ。嫌われるよりよっぽどいぃーっしょ?」
 よく言う。
 と、そこへ――大小ふたつの金髪頭が近付いてきた。
 さらさらのプラチナブロンドと、もさもさのハニーブロンド――。
 リオルと、ヒョウである。
「頑張って下さいね! 応援してますよ。ファイト、ファイト!」
 無責任に檄を飛ばすリオル。ヒョウも、
「にぃーちゃん、オヤカタさまとたいけつだぁーっ!」
 と、ルビー色の瞳を輝かせて、ベッタリと背中に抱きついてきた。
 ふたりとも、何が楽しいのかニコニコしている。
「アンタらね……。だいたい、俺がそういうのやると……」
 と――何か言いかけるが、やめる。
 ノースは、諦めたように息を吐いた。

 結局。
「なーんで、こうなるんだろな?」
 誰に言うでもなく呟くと、ノースは試供された曲刀を鞘から抜き払った。
 緩いカーブを描く三日月型の刃が、炎を映してギラリと光る――もちろん真剣である。
「――両者、準備はいいか?」
「ぉオッケ――――い!」
 審判役の傭兵が尋ねると、ゾフィ・ルナーは鞘を投げ捨てて、上機嫌に叫んだ。彼女も同じ武器を手にしているが、こちらは自前であるらしい――よく使い込まれているようだった。
「ラムバーダン人、あんたは?」
「あー、はいはいはいはい……いつでもどーぞ」
 と、ノース。やる気の欠片もなく――いそいそと、鞘をベルトの間に挟み込む。
「ちゃっちゃと、やっちゃって。はよ終わらせたいからさ」
「……わかった。では、両者前へ」
 傭兵は、ノースの態度にかなり気分を害したようであったが、すぐに気を取り直して、淡々とルールの詠唱を始めた。
 規則といっても、そんなに厳密な決め事はない。せいぜい相手を殺したり、故意に致命傷を負わせる──ことを禁じるくらいで、他は何をしようとも実力と見なされる。制限時間もなければ、決まった勝負の判定もない。試合をする同士が、勝ち負けを決定するのである――ある意味、試合前にルールを読み上げることが、一番の規定となっていた。
 その型通りの儀式の後――。
「始め!」
 傭兵は高らかに開始を告げた。ワァア――と、外野が熱っぽく騒ぎ立てる。
 まず、先攻したのはゾフィ・ルナーであった。かなりのアルコールが入っているにも拘わらず、無駄のない動きで距離を縮めると、肩口に曲刀を繰り出してくる。
それを受け流し――ノースは刃物を横に一閃した。ただ、こちらもわずかに服の端を切り裂くだけであっさり回避される。
「ん……まいったね……」
 と、ノース。再度、ゾフィ・ルナーの死角へと切り込みつつ、
「さっさと、終わらせたかったんだけど。あんた本気でやってないか?」
「当然っ!」
 ギィン――と金属音が上がり、ノースの曲刀をゾフィ・ルナーの曲刀が受け止めた。
「アタシは、こと勝負に関しては、いつでも全力投球なんだよ!」
 吠える。いつの間にやら酔いも醒めたらしく――妙に真面目な顔つきになっていた。
「早く済ませたいんだったら、腕の一本でも黙って切り落とされな!」
「悪いんだけど……」
 と、ノース。
「――俺って、そんな器用なこと、まだ出来ないんだよね」
 言いながら、鐔競り合う刃を押し切り、薙ぎ払った。
 勢いで両者とも背後に跳び――ノースは僅かに蹈鞴を踏む。
 そこへ、すかさず曲刀を突き出すゾフィ・ルナー。
「どぉりゃあぁぁ!」
 ほとんど体勢を崩さずに、凄まじい迫力で斬りかかってくる。
「――ぅわ」
 辛くも避けるが、ノースの口からは、弱音めいた呟きも漏れた。
「……つ、つら〜」
 傍目で見ても力量――とりわけ曲刀を扱う巧みさにかけては、ゾフィ・ルナーの方が上手であった。素早い反応といい、技の多彩さといい、手練れの傭兵と比べても些かの遜色もない。
 しかし、ノースの方も、ただ一方的にやられっぱなしというわけではなかった。
 一回一回の攻撃を確実に処理していたし、時間が経過するにつれて、徐々にゾフィ・ルナーの動きを先回りするようになってきていた。
 お互い決定打に欠けたまま、位置を変え手段を変える。
 すでに、攻防は百秒に達しようかとしていた。
「な、なんか……」
 試合の行方を見守っていたリオルが、妙に緊張した声音で呟いた。
「すごいことになってきたような……」
 ゴクリと、唾を飲み込む。
「試合……じゃないよ。これはもう……」
 自然と冷や汗も浮かんだ。
「うん!」
 リオルの言葉に、隣で観戦していたヒョウが頷く。
「にぃーちゃんも、オヤカタさまも、マジだね〜」
 ニコニコと言う。リオルと違い平然としていたが――実は状況をよく分かってないという説が有力である。
「ガーンバレー! にぃーちゃ〜ん! オヤカタ〜!」
 大手を振って、双方を応援する。
「ガンバレー!」
 が――いつの間にやら、声援を贈っているのは彼だけになっていた。
 他の外野たちはというと、試合とは思えぬ緊迫感に押され、黙りこくっている。
「見てる方が、ヒヤヒヤするよ……」
 そう思ったのは、何もリオルに限ったことではないらしい。
 そうして、妙にしらけた雰囲気の中、試合は続き――、
 ガキン!
 一際大きい金属音と共に、曲刀が一本、宙に舞った。
 ゾフィ・ルナーが剣を右手に薙ぎ払っている。
 一方、ノースの手の中からは、武器はすっぽ抜けていた。
「!――」
 舌打ちをしつつ、ノースは跳ね上がった曲刀を目で追った。
 そこをすかさず、ゾフィ・ルナーが突き込む。
「もらぁったぁーっ!」
 どう考えても避けようのない角度である。しかも、ノースは武器を落として丸腰同然。
 ゾフィ・ルナーの勝利は確定したと思われた。
 が――、
 ギィンと、再び金属音。
「んなっ!」 ゾフィ・ルナーが驚愕の声を上げた。 曲刀の刃が届く前に、ノースはベルトに固定してあった鞘を抜いていた。
 その合金製の長板で、会心ともいえる斬撃を防ぎ――ゾフィ・ルナーが体勢を立て直す前に、彼女の横腹を蹴り飛ばす。
 それほど強力な一撃であったわけではない、しかしカウンターの作用が働いて、見た目より重い打撃となっていた。
「ぅぐ――――!?」
 僅かに呻いて、ゾフィ・ルナーは尻餅を衝いた。
「い、たたた……」
 顔を顰めて、腰を押さえる。
 一転し、勝負の杯はノースへと向けられた。
 あとは一瞬。それこそ、瞬き一回分ほどの出来事だった。
 ノースは、ゾフィ・ルナーが取り落とした曲刀を自分の眼前に蹴り上げると、片手で掴んで、即座に真下へと振り下ろした。
 躊躇うことはなく、何の表情も見せずに、最低限の動作のみを行う。
 ゾフィ・ルナーが気付いた時には――切っ先は、完全に彼女の眉間を捉えていた。
「――!」
 外野に戦慄が走り、無音の悲鳴が上がる。
 ゾフィ・ルナー自身も、強ばった表情で目を見開いていた。その顔に、櫓火の明かりを受けた反射光が、赤くフラッシュする。
 と。その数センチ手前まで落下して、
 ピタリと、刀身は停止した。
「――――!?」
 つうと、ゾフィ・ルナーの頬を汗が伝う。
「…………はぁ」
 ノースがため息を吐いた。
 ゾフィ・ルナーも、外野も――すべてが静まり返る中。彼の吐息の音だけがやたらと大きく聞こえ――、
「しょ、勝負ありっ!」
 審判役の傭兵が、当惑しながらも二人の間に割って入った。
 肩を押され後ろに下がりつつ、ノースは相好を崩す。
「あ〜ぁ……しょーもな」
 刃物を投げ捨てて、ゾフィ・ルナーに、苦いものが混じった視線を向けた。
「だから、賭け試合ってやりたかないんだよね。後味悪いし……な?」
「………………」
 女首領はというと、しばらく茫然としていたが、
「……ぷっ……くくく……。ははっ、あははは!」
 急に――堰き込むように体を曲げたかと思うと――大笑いし始めた。
「こりゃ傑作だわ! このアタシが、腰抜かして立てなくなるなんてね……あーっはっはっ! いやいや〜、まいったわな、コリャ!」
 さも楽しげに笑う。
 外野は――とりわけ彼女を介抱しようとした傭兵は――ポカンと、元締めを眺めやった。
 それらをぐるりと見回し、ゾフィ・ルナーは座ったままパンパンと手を叩いた。
「はいはい! 今日はもうお開き。ショータイムは終了だよ、散った散った!」
 釈然としない面持ちではあったが、皆、素直に従うと、輪を崩してそれぞれの持ち場に引き上げていく。
 その群衆からスルリと抜け出して、
「――にぃーちゃん、オヤカタぁー」
 ヒョウが、一直線に駆けてきた。後ろにはリオルの姿も見える。
「わーぃ、わーい!」
 いかにも子供らしく――ヒョウはストテテテーと軽快な足音を発てて走ってくると、ノースとゾフィ・ルナーのまわりをぐるぐる回った。三周の後、仕上げとばかりにノースの足にしがみ付く。
「えへへ…めーまわった〜」
 見上げ、満面の笑顔。
 その人の皮を被った仔犬を追っ払い、ゾフィ・ルナーに手を差し伸べたところで――、
 ようやく、マイペースに歩いてきたリオルが、ノースの傍までやってきた。
「いやぁ、ソーゼツでしたねぇ……僕なんて、ほら、もう冷や汗が出っぱなしでしたよ」
 柔和な笑みを浮かべ、頬を指差す。
(そりゃいつものコトだろ……)
 とか思って、さっそく皮肉のひとつも返そうとし――、
「――?」
 ふと。 ノースは、その顔色に通常と違うものがあるのに気が付いた。
「……リオル?」
 が、彼がそれを言う前に、ゾフィ・ルナーが先に口を出した。
「今更な〜に言ってんだい。あんたここに来てから、ずっと冷や汗垂らしてんじゃないのさ」
「そーそー」
 ヒョウも、同感という顔で笑う。
 リオルは汗を拭き拭き、
「やだなぁ。そんなことないですよ……あ、あれ?」
 と―放心したように首を傾げた。
 なんだか、グラリと視界が歪んだみたいな気がしたのだが……。
 そこを、ドーンと――ゾフィ・ルナーにどつかれた。
「ほれっ! もっと、しっかりしなよ!」
「え……あ……」 
 背中を押された勢いで、一歩、足が出る。
「あれ? あれれ……」
 何故か、目が回る。いや、廻っているのはお空の方で――?
 ともかく。あれよあれよと夜空が廻り。廻り廻って、月がひとつふたつ……いつの間に増えたのか、十二個も浮かんでいる。真ん中に紫色の星まで見えた。
(あぁ〜。あれは、ラムバーダンのお星様……???)
 そこで、彼の思考はプッツリ途絶える。 バッタリと、リオルは顔面から地面に倒れた。
「は? り、リオル!? おいっ?」
 思わず目を剥いて、ノースが泡喰った声を上げる。それこそ彼がここまで狼狽するなんて稀有なことである――完全に意表を突かれた。
「オイ! どーした?」
「……………………」
 強めの口調で言うが、返事はない。
「ちょっと、あんた! いくらアタシに図星さされたからって、何も死んだふりすることないじゃないのさ!」
「そーじゃないとおもうよ、オヤカタ……」
 と、これはゾフィ・ルナーとヒョウ。 二人の母子漫才は放っておくとして――ノースは、リオルの隣にしゃがみ込んだ。
 ひっくり返して仰向けにすると、リオルの目は文字通りグルグルに回っている。
 その顔の前で、チラチラと手を振ったりしてから、ノースは呟いた。
「…………気絶してる」

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