episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 4 穴の底で待ってたヒトは…… (2)
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 一面の白い光。
 正確には、一面、白い花が満開で、淡い光を放って揺れている。
 その中心に、一人の少女が座っていた。
 線が細く、色素に見放されたように肌も髪も白い少女である。白というより銀に近い髪の毛は、時折水色にも見えた。
 少女は、じっと手元を見つめている――その微かに憂いが入り交じった双眸は、黄金そのものの色で、静かに、手折った白い花を見ていた。
 と。
 少女は花弁を一枚千切り取った。
「……来る」
 微かな――たちまち空気に紛れていってしまいそうな声で、ポツリと呟く。
 そして、もう一枚花柄から引き抜いた。
「……来ない」
 また呟く――今度は、少しはっきりとした呟きであった。
 そして、また一枚。
「来る――」
 さらに、一枚。
「来ない――」
 ついでに、一枚。
 その繰り返しが、十数回ほど行われただろうか。
「来るっ!」
「来ない!」
「く・る・っ!」
「こ・な・い!」
 だんだんとペースが上り、少女の声にも力が入ってきた。
 細い眉毛は天に届かんばかりに吊り上がり、睨みつけるような眼差しで手元を凝視する。
「くおぉおなぁぁいぃぃ!」
 心なしか――花弁を毟られる花も、怯えているように見える。
「くうぅぅるうぅぅっっ!」
 震える手で、最後から二番目の花びらを引っ張る。
 そして――、
「!!――こ、こない!?」
 愕然と。とにかく愕然と目を見開いて、少女は硬直した。
 細い指先に摘まれた一本の茎――その上に一枚だけ残る花弁を見つめたまま、時が止まったかのように微動だにしない。
 と、不意に。
「――そんなー、嘘よ嘘! あぁ、花占いなんて当たるはずないわ! やめやめーっ!」
 叫び、哀れな姿になった花をくしゃくしゃに丸めて投げ捨てる。
「そうよ! こんなの当てにならないわっ!」
 威勢よく――ついでに鼻息荒く――少女は立ち上がった。
「今日こそ先生は来るんだから! そうよっ、例えば!」
 と、何やら一人で納得したと思いきや、両手を胸のところで組み、キラキラした瞳で虚空を見つめる――正直、かなりあぶない域に踏み込んでいるが、差し当たってまわりに誰もいないので、それはそれで絵になっていた。
「――例えば、ガルーダみたいに空から降りてくる……とか!」
 と、少女が口にした瞬間。
 バサッと、鳥が羽ばたくような音がして――、
「え?」
 彼女の背後に、何かが落下した。

「っ! 痛――――っ……」
 クラクラする頭を抱え、腰のあたりをさすりながら、ノースは顔を顰めた。
 幸いにして――地面が柔らかかったのか、それとも茂みに落ちたのがよかったのか――別段怪我らしいものも負わずに済んだが、なにしろ十数メートルほどの高さを命綱なしでバンジーしたわけだから、とにかく痛い――全身が一時的に麻痺しており、正座して痺れた時のように足腰がビシバシ音を立てた。
(ぁあー、もう……なんか最近痛い目にあってばっかな気がするな……)
 ノースは、外体に異常がないことを確認してから――とりあえず立てないので――座ったまま上空を見上げた。
 空―正確には天井――は、夜空のような暗闇に包まれていて、どこからどう落ちてきたのか皆目見当がつかない。
 まあ、途中で何かにぶつかったということもなかったので、おそらく〈女神の杖〉はちょうど真上の岩盤に突き刺さったままだろう。
(どっちにしても、下から登るのは無理そうだな)
 雑音がワンワン巡る頭でそう判断して、ノースはため息を吐いた。
 見渡すかぎり――というほどではないが、それに近い範囲で――空洞は続いている。
 地下であるはずなのに割合明るいのは、まわりに咲いている白螢の花の効果であろう。
 白螢は、暗くて割合湿気が多いところに咲くシダの一種で、微弱だが発光作用がある。咲いた翌日には枯れるので、『螢が如き短い命』というのが名前に由来していた。
 その白螢の絨毯を突き破って、所々に岩壁が柱のように聳えている。仮に、それを登ると
すると、かなり困難を極めそうであった。そもそも登攀は専門外で、フリークライミングですら経験したことないノースである――道具もなしでよじ登るなんて、考えるまでもなく無理に決まっていた。
(――と、なると……やっぱり上からロープでも吊って降りるしかないか……)
 まるで気が進まないが、この場合自分で蒔いた種なのでしかたがない。
 ノースは深々と肩を落としてから――痺れが抜けてきた両足に力を入れた。
 と。
「ねぇ。あなた――」
 唐突に、真後ろから声が掛かった。

 少し――ほんの数分ほど、時間は遡る。
 バサッ、という乾いた音が、少女の鼓膜を震わせた。
「な、何?」
 思わず、振り返る。
 地面が盛になっていてここからでは見えないが――どうやら、向こう側に何かが落下してきたらしい。
 この辺りは、上の地面に空気穴がたくさん開いているので、おそらくそこから何か入り込んだのだろう。別に珍しいことではなく、一日に数回、石や草や不幸にも足を踏み外した小動物などが落ちてきていた。
 しかし――。
(それにしては、音が大きかったわよね?)
 少女は、あどけなさが残る顔に少し困ったような表情を浮かべると、盛をよじ登った。
 ほどなくして頂上にたどり着き――恐る恐る様子を窺う。
「!」
 ハッと、息を飲んだ。
(何よ――人じゃない!?)
 白螢の真ん中に、若い――といっても自分よりは年上みたいだが――男が座り込んでいる。
 茶色の髪に、濃紺の服。全体に彩度を押さえた色合いで、まわりの白に浮いてかなり目立つ。
 捜すまでもなく、あっさり目に入ってきた。
 男は、頭を抱えて呻いている。多分、落下した時に打つか何かしたのだろうが、見たところ怪我はしていないようだった。
「ねぇ、あなた――」
 得体も正体も知れない見知らぬ相手である――本来なら声を掛けるべきではないのだろう。
 しかし、彼女は好奇心のまま――ほとんど意識せずに――男に呼び掛けていた。
「もしか……してなくても、上から落ちてきたのよね?」
 それでもおっかなびっくり――少しおどおどしながら言うと、男の反応を待つ。
 もっとも、その内心では――、
(――もし眼前の男がとんでもない野蛮人で、こっちが非力な女の子と分かったら、いきなり襲いかかってくるような奴だったとしたら……どうしよう? 逃げた方がいいのかしら……)
 などと、かなりズレた思考を展開させていた。
(うん。そうなったら、やっぱりまずは悲鳴よね――)
 と、少女が妙な覚悟を決めた時。
 男がクルリと、振り返った。
 それまでこちらに気付いていなかったらしく、少し驚いた様子で目を見開いている。
 お互い目が合って――、
「あ―!」
 思わず――少女は、食い入るように、その双眸を見つめた。
(綺麗な色……)
 薄紫色の瞳が、宝石のアメジストのようにチカチカと輝いている。
 それはほんの一瞬で、男は瞬きをし――次に開いた時、その視線はぼんやりとしたかなり野暮ったい感じのものになっていた。
 それでも、少女は最初の一矢に撃たれ、フラリと立ち上がる。
「……あなた……もしかして……」
 自分が先に質問していたことも忘れて――男の方に一歩踏み出した。

 ノースが振り返ると、少し高い位置に、ひとりの少女が突っ立っていた。
 年の頃は十七、八といったところの、小柄な娘である。
 水のような透けた銀髪に、印象的な明るい瞳。
 少女は――動きやすそうでそれなりにコストのかかってない服装をしていたが、一目見て、ノースの頭は彼女を『いいとこのお嬢さん』と判断した。
 ともかく少女は、目をいっぱいに開いてこちらを凝視している。多分、最初に目が合った時に瞳の色を悟られたのだろう――だとすれば、かなり面倒なことになりかねないが……。
 その間にも、少女は近付いてくる。表情から見て取って、とりあえずこちらを嫌悪しているわけではないらしい――それを確認してから、ノースもゆっくりと立ち上がった。
「……あなた……もしかして……」
 少女が、恐る恐る尋ねてくる。
「……ラムバーダ――」
 と、そこに――。
「姫様ー!」
 どこからともなく、胴間声が割り入った。
 同時に、クマかマウンテンゴリラかといった大男が現れる――白蛍を飛び散らせ、猛スピードで突っ込んで来た。
「なっ!?――」
 不意を突かれた――というより、あっけにとられてる間の出来事である。
 ノースは大男に胸ぐらを掴まれると、そのまま宙へ絞め上げられた。
「貴様っ! 姫様に何をした! 何かしたわけではないだろうなぁ!」
 言いつつ、ぐいぐい絞めつけてくる。
「……な、んだよ?――」
 呻くように言うが、大男はまるで聞く耳持たない。
「とぼけるな! この子ネズミめが! おおかた、姫の命を狙って近づいてきたのであろう!私の目を上手くごまかしたと思ったみたいだが、思い通りにはならんぞー!」
 鼻息荒く、顔に血を上らせて、怒鳴る。
 とにかく桁外れの腕力で――万力に鋏まれているようなものだ――ノースはほとんど抵抗らしい抵抗も出来ないままぶら下がっていた。
 と。
「――アル!」
 少女が一喝した。
「やめなさいっ!」
「はっ! はい!」
 慌てて、大男が両腕の力を弛める――すかさずそれを振り払って、ノースは地面に着地した。
軽く咽せながら、恨めしそうな視線を大男に向ける。
「何なんだよ、一体……」
 その大男は――先の勢いは何処に行ったのか――大人しく少女の足下に平伏している。
「いきなり何なの?」
 と、少女。腰に手を当てて、きつい口調で言う。
「アル、説明してちょーだい!」 
「はぁ……」
 アル――と呼ばれた大男は、身を縮め込ませ、
「申し訳ありません。姫様の御身を考えますに……ついつい体が勝手に動いてしまいまして」
 と、頭を一掻き。
 少女は仁王立ちのポーズで、肩を竦めた。
「――もう、なに早とちりしてるのよ。この人は別にまだ何もしてないわ。落っこってきただけよ? どーせおマヌケに、空気穴に足でも突っ込んだんでしょ」
(そのとおりだよ……)
 と、ノース。低く低ーく呟く。
 それはともかく、目の前の『美少女と野獣』の如し二人の会話には、先程から妙に気になるところがあった。
 正確には、ある〈単語〉が引っ掛かっていたのである。
 よーく思い返した後――。
 ノースはその単語を反芻した。
「……『姫様』――?」
 彼の呟きに、少女は――大男さえも――ハッと振り返った。

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