episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 4 穴の底で待ってたヒトは…… (3)
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「じゃ、やっぱり。あんたがバランゲルの王女様ってわけか」
 ノースが言うと、少女は素直に頷いた。
「そう。元・王女……それにしても、あなたがリオル先生と知り合いだったなんて驚きだわー。ねぇ、先生はどこにいるの?」
「――『先生』……ねぇ」
 ノースは苦笑して、
「リオルなら今朝まで一緒だった――」
「え、本当!? 先生来てるのっ?」
「――んだけどね……」
 と、何とも言いがたい表情になって、視線を少女から外した。
 板を打ちつけただけの、ほとんど掘っ建て小屋のような壁――天井も似たようなものだ。
 ノースが連れて来られたのは、落下場所からすこし離れたところにある、地下の村だった。
 ポッカリと開いた洞窟の斜面に、段々に平家を建てた――二十棟ほどの小さな村で、話によると住人のほとんどは、罪人であるという。おそらく、ゴート収容所に流されることを恐れて、こんなところに隠れ住んでいるのだろう。
 村は、完璧な自給自足が確立されており――驚いたことに、家畜まで飼われていた。天井の空気穴から差し込む日の光の中、のんきに歩き回る牛や山羊の姿が、其処此処に見受けられる。
 ――村の一角にある比較的大きめな小屋に、彼は案内されていた。
「ちょ……それって、どういうこと? ま、まさか先生の身に何か!?」
 少女はテーブルをバンッと叩くと、立ち上がった。大きな目をいっぱいに開いて、こちらを凝視している。
 ノースは、それを一瞥すると、軽く肩を竦めた。
「別にたいしたことないよ。単に過労でぶっ倒れただけ。今ごろは馬車にユラれて、夢の中じゃないの?」
 ついでに、今までの経緯を、掻い摘んで説明する。
「…………な、なぁんだ。びっくりしちゃった」
 少女はへなへなと椅子に座り、
「先生、昔からひ弱だったから。気も弱いし……。あなた先生に雇われたって言ってたけど、先生の相手をするの大変だったでしょ?」
 と、クスクス笑う。
「……おっしゃるとおり」
 頷くノースである。
「ふふっ――」
 少女は頬杖をついて、相好を崩した。
「ガルーダ探しに必要な物を取ってくる! なぁんて、息巻いてたけど……無理しちゃって」
「あ――」
 その言葉で、ノースは本来の目的を思い出した。
「それなんだけどな……レオナルド王女さん――」
「待って!」
 と、少女が声を上げた。
「私のこと、『王女』とか『姫』とか言うのやめて。これでも、一応逃亡中の身なんだから」
「ふーん……」
 少女の言い分に、ノースは小首を傾げた。
「それにしちゃ、あのデカブツは――」
 言いつつ、扉に目を向ける。部屋の外には、あのアルとかいう大男が見張りに立っているのだが――その方を見つつ、
「ずいぶん連呼してたみたいだけど?」
「……もぅ。アルは何度言っても駄目なのよ。もう染みついちゃってるのよね」
 少女は顰め面。続けて、
「とにかく、やめてね。あと、『レオナルド』ってのもやめて。人からこの名前で呼ばれるの嫌なのよ……『レナ』って呼んでちょうだい!」
 と、ある意味王女らしく、高飛車にピシャリと言う。
「はいはい――」
 別に異論はない。
 ノースが頷くと、レオナルド王女――いやレナ――は、ただの好奇心旺盛な少女の顔に戻って、尋ねた。
「それで、あなたは何ていうの?」
「……って名前のコト?」
「そうよ」
「んー、名前……ねぇ……?」
 ノースは、しばらく考えてから答えた。
「一応、『ノース』って呼ばれる回数が一番多いから……多分、それなんじゃないかな?」
「なにそれ? 本名じゃないの?」
「まぁ、色々と……」
「……ふーん」
 と、レナ。口の中で、「ノース……『北』のノース? ノースベルウ、ノースプリズン……」などとひとしきり繰り返してから、
「まぁいいわ。シンプルだし、覚えやすくはあるわね……よろしく!」
 と、ニッコリ笑って、右手を差し出してきた。
 その手を軽く握り、
「で……だ。お嬢さん――」
 と、ノース。話を戻す。
「あんたの先生から、渡すよう言付かった物のことなんだけどね……」
「〈アナザー・オブ・ガルーダ〉! 持ってきてくれたの?」
 レナがパッと顔を輝かせ――それを見て、ノースは思わず目を逸らした。
「あ、いや……それがね―」
 もごもごと言い淀み、苦笑い。
「ちょっとトラブって……引っ掛かったままになってんだな。これが」
「えぇ!?」
 レナが目を丸くした。
「何よそれ! どこにあるの?」
「上――」
 あっさり天井を指差すノース。
「空気穴から落っこちた時に、壁に刺して……そのままになってる」
「よーするに。あなた、人様の預り物をつっかえ棒にしたってこと!?」
「――まぁ、そういうことだね」
「信じられないー!」
 と、レナ。呆れてひっくり返った。
「何考えてるのよ! あれは大事なものなのよっ! それを、よくもそんな関係ないような顔をして、平気でペラペラ言えるもんねぇ!」
 機関銃のように捲し立て、細い肩を精一杯怒らせる。
「もぅ! しょうがないわねー! それ、どのへんに刺さってるか分かってるの? あなたが刺したんだから責任持って取りに行ってよ!」
 と、膨れっ面。が、次の瞬間には、コロッと表情を変えて、
「ところで――」
 ググッと、ノースの方に体を乗り出した。
「あなたラムバーダン人でしょ? 目が紫だもんね。私、ラムバーダン人って絵本でしか見たことなかったから、感動だわー」
「……絵本?」
「おとぎ話よ。小さい頃読んだの」
「どーせ、ろくでもない話だろ」
「どうかしら? 悪い魔王ラムバーダンにさらわれた女神ガルーダを、正義の勇者が助け出すってお話よ」
「――そりゃまた、やけに基本に忠実だな……」
 ノースがそう言うと、レナは吹き出した。
「まるで今の状況よね〜。ガルーダは相変わらず行方不明だし……あ。だからって、あなたがガルーダをさらったなんて思ってないから安心してね」
 と、ニコニコとしながら、両手を打つ。
 ノースは、そんな無警戒に笑う少女を、しばらく無言で観察していたが――、
 おもむろに、目を閉じると、息を吐いた。
「――そりゃよかった。ここで国家反逆罪にでもなったら、間違いなく塩漬けだからな」
 その皮肉の言葉に、レナは敏感に反応した。
「……もしかして、私があなたを捕まえる……と思ってるの?」
「さぁーねぇ」
 とノース。どちらとも取れるような、曖昧な角度に首を傾け、苦笑する。
 それを見て、レナは少し悲しそうな顔になった。
「私そんなことしないわよ。確かにお父様やお祖父ちゃんや……まわりの人たちは、あなた達ラムバーダン人を嫌って、色々酷いこととかしてたみたいだけど……でも――」
 そこまで言うと、急に口を噤んで項垂れる――その様子を見て、ノースは浮かべた苦笑から『苦』の字を外した。
「うん。確かに、逃亡中のお嬢さんはそんなことしないだろうな」
「そうじゃないわよ……」
 と、今にも泣きそうな顔になって反論するレナに、
「――わかってるよ」
 と、ノースは、意外なほど優しい声になって、頷いた。
「あんたがそんなこと考えてないことぐらいすぐ分かるって。だから、俺もこうしてベラベラしゃべってるってわけだしね」
 続けて、
「まぁ。気ィ悪くさせたのは謝るよ。確かに、ちょっとひどい冗談だったわな、うん。少なくても、年頃のお嬢さんに言う台詞じゃなかったね」
 微笑みながらそう言う。
 と、レナが黙って、じっとこっちを見つめているのに気が付いた。
「?――何?」
 思わず真顔になる。
「…………」
 レナは、ふーっと胸を下ろした。そして、ポツリと言う。
「……あなたって、変わってるわ。言っちゃいけないかも知れないけど、ちょっとジジくさいのよね。まるで、私のお祖父ちゃんや、ガルーダと話してるみたい……」
「うーん……よく言われるねぇ、そのお言葉」
 と、ノースが言うと、ビシリと指差し、
「ほら、そういうとこよ! 酸も甘いも噛み分けて、人生知りつくした人と話してるって感じ。新鮮味に欠ける言い方だわ! 見かけより歳食ってるでしょ?」
 と、レナは小首を傾げた。
 なかなかスルドイ。
 高貴な血筋の成せる技か、はたまた女の直感か――、
 ともかく、ノースが何も言えずにいると、レナはさらに身を乗り出してきた。
「――でも、ほんと。綺麗な色よね。最初見た時、思わず見とれちゃったもの」
 全く脈絡無く――態度を一変させて、ノースの目を覗き込む。
「ねぇ、コレ本物よね? 触ってみたりしたら、怒る?」
「ブッ!――」
 思わず、ノースは吹き出した。
「ご、ごめんなさい。気を悪くさせちゃったかしら?」
 レナが、慌てて――ほぼ実行に移そうとしていた――手を引っ込める。
「あー、いや……」
 腹を抱えて爆笑したいところを必死で堪えると、ノースは感嘆の息を漏らした。
「――まったく。さすが専属家庭教師とその教え子だな。見事な英才教育だよ、ホント……」
「え? なにが……?」
 きょとんとするレナ――その顔を、ニヤリと見返す。
「リオルも、まるっきり同じこと言ったんだよ」
「えぇ!?」
 レナは、みるみる顔を上気させた。「やだ! そうだったの? 先生も?」と、気恥ずかしそうに笑う。
「――ふふっ。でもね。初め見た瞬間は、ラムバーダン人だ! なんてぜーんぜん思わなかったのよ。ガルーダがいつもしてる、紫水晶の指輪に似てるなーってそう思っただけ。あの指輪、何度もねだったんだけど、どうしてもくれなかったのよね。大事な人からの贈り物だからダメだって……欲しけりゃ彼氏でも作って買ってもらえって、ガルーダよく言ってたっけ」
 言いつつ、ペロッと舌を出した。
「きっと、みんなその色に嫉妬してるのよ……だって、金髪に碧眼なんてありふれてるもの」
「……あんたの先生もそうじゃなかったっけ?」
 ノースが言うと、
「そう、ありふれた金髪碧眼。しかもパターン通りのあの顔でしょ? 昔はウォーナルの城下を一緒に歩くたび、女の子にキャーキャー言われてたわ。あの性格でよくモテるもんだと思ったわよ。知ってる? 先生って、嵐の晩は一人でトイレ行けないのよ。あとね―」
 と、レナ。とにかく喋り始めると止まらないタイプらしい――平気な顔で、なおもズケズケと言った。
(ほーんと、噂通り可憐でお優しいお姫様だわ、こりゃ……)
 と、ノース。苦笑して見ていたが、
「!――あぁ、そうだ」
 ふと、手を打った。
「どさくさで言い忘れてた。実はな……まだ上に、例の商団からくっついてきた連れが残ったままなんだよね」
「なにそれ!?」
 と、レナ。素っ頓狂な声を上げた。
「そういうことは早く言ってよ! すぐ迎えに行ってあげないと――」
 今すぐにでも直行しそうな勢いで立ち上がり、扉の外に声を掛ける。
「アル!」
 同時に――、
 バタン! と素晴らしいタイミングで、扉が開き、
「大変です! 姫様っ!」
 血相を変えて、大男が飛び込んできた。
 大剣を腰に下げ、分厚い全身鎧を身につけている。王女付きの護衛士とはいえ、やけに物々しい装備であった。
 レナは、男の格好に多少驚きつつも、肩を怒らせる。
「もぅ……『姫』って呼ぶなって言ってるでしょ!」
「それどころではありません。村人が、大蛇の化け物に襲われていますっ!」
「!?」
 ギョッとして、ノースは大男を見やる。だが、レナの方が先に叫んでいた。
「なんですって!」
 急いで外に出る一同。
「あ、あそこです!」
 見ると、数十メートル程距離を置いたあたり――家畜を放牧するための広場で、黒い大蛇と数人の村人が格闘していた。
 村人たちは、どれも手練の戦士らしく、手に手に武器を取って奮闘している。ただ、大蛇
が口から何か――得体の知れない液体のようなもの――を撒き散らしているため、決め手となる有効な一撃を与えられずにいた。
 そして、もちろん大蛇は、ノースがよーく知っている黒蛇であった。
「……やっぱり……」
 うんざりと、嘆息する。
 レナが声を荒立てた。
「まさか、あなたの知り合い?」
「冗談!?」
 断固否定する。と――、
「ギャアッ!」
 悲鳴を上げて、ひとりの戦士が地面に倒れた。まともに大蛇の吐液を浴びたらしく、両手で顔を覆い、転げ回っている。
「大変! 助けなきゃ!」
 と、レナ。すぐさま側に佇む大男を見上げた。
「アルっ!」
「はっ!」
 少女を主とする従順な元・近衛騎士団長は、早速抜刀すると、見るからに重量がありそうな大剣を軽々と担ぐ。
 レナは、クルリとこちらにも向き直り、ノースの腕を掴んで揺さぶった。
「ほら、あなたも手伝ってよ!」
「えぇ――!」
 ノースは―これ以上ないほど――面倒そうに顔を顰める。
「何で俺が……」
「――何でって、あなたの知り合いなんでしょ!」
「違うって」
「怪我してる人もいるのよ! 助けるのが人情ってもんでしょうが」
「――『人情』? でもなぁ……」
 言いつつ、大蛇を指差す。
「あの奴さんがさっきからガバガバ吐いてるヤツ――あれって、どうも溶解性の液体みたい
なんだけどな……」
「だから、なおさら大変なんじゃないの!」
 彼女がそう言う間にも、またひとり、液の犠牲者が出ていた。
 悲痛な叫びが洞穴にこだまし――それにハッとすると、レナはノースに詰め寄った。
「ほら! 早く!」
 グイグイ腕を引っ張る。
「そうは言ってもなぁ……」
 と、ノース。
「それに、荷物は馬に乗っけたままだし、ハッキリ言って丸腰なんだよね……」
と。その眼前に、ズシンと、鞘ごと大剣が投げ出された。
「――はい?」
 見上げると、アルが、面白くもない仏頂面でこちらを睨んでいる。
「私の剣を一本貸してやる。使え」
「あ、あのねぇ〜」
 その〈断ったら殺すぞ〉的な視線を受けて、ノースはしぶしぶ――本当にしぶしぶ剣を手に取り――途端、その表情をさらに呆れたようなものに変化させた。
「な――! めっちゃ重いじゃないかコレ!? 今時こんな使い勝手のない刃物、故買屋にも置いてないぞ……」
 それでもなんとか持ち上げると、アルを上目遣いに見返した。
「だいたいさ。あれに溶解性があるんだとすると、要するに胃液を直接吐き出してるってことだろ?――んなものいつまでも続く訳ないんだし、打ち止めになってから加勢した方が、スムーズにコトが運ぶと思わんか?」
「な、な、な――何てこと言うのよっ!」
 ノースの言葉に、レナは大憤激。
「もぅいいわっ! もう、間違ったってあなたには頼まないわよ! やっぱりラムバーダン人は悪人だってコトねっ! 行くわよアルっ!」
「はっ!」
 そう言うと二人は、踵を返し――もうノースには目もくれずに――一直線に広場へ駆け降りて行った。
 レナの――まるで戦闘向きしない――小さな背中を目で追って、ノースは肩を竦める。
「や〜れやれ。今日日の若人はせっかちだね、まったく……」
 そして、大剣を担ぎ直すと――まわりを見回してから――近くの土壁に手を掛けた。

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