episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 4 穴の底で待ってたヒトは…… (4)
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 レナとアルが到着した時、広場はかなり混乱状態になっていた。
 村の自警団の戦士たちは、誰もがひどい火傷を負っていて、満足に動けない者すらいる。
 大蛇は、まず溶解液で相手の動きを封じてから、鋭い牙でひとりづつに確実なダメージを与えるという戦法を用いていた。反撃に出る戦士もいるが、そのほとんどが溶解液による傷に機微な動きを殺され、容易く回避されている――大蛇の戦い方は、とても獣のものとは思えないほど高度なものであった。
「あっ!」
 と――割合安全そうな場所で止まっていたレナが、叫び声を上げた。
「危ないっ!」
 戦士のひとりが、脚を縺れさせて地面に倒れ伏し――そこを狙い澄ましたかのように大蛇が襲いかかろうとしている。
 黒い外側と対照的な赤い色が広がり、鋭い一対の牙が剥き出しになっていた。
「シャアァッ!」
 大蛇は威嚇の声を上げながら戦士に迫り――、
「でえぇぇぇいぃっ!」
 それとほぼ同時に、アルの雄叫びが響く。
 ガキン――と、金属音が上がって、火花が飛び散った。
 間一髪のところで、大蛇の牙をアルの大剣が受け止めている。
「どぉりゃあぁぁっ!」
 そのままアルは、鋭い気合いと共に、信じられない力で大蛇を弾き返した。
 長い鎌首をふらつかせ――大蛇は、よろよろと後退する。
 そこを、すかさず一閃!
 ザクリという手応えと共に、生温かい鮮血が吹き出し――大剣は、大蛇の胴体に深々と食い込んだ。 
「ギャアァァッ!」
 大蛇が、人間のような悲鳴を上げて、巨大な体躯を痙攣させる。
「や、やったの?」
 レナは――顔を両手で覆って――指の隙間から様子を窺った。
 大蛇は、紅い目玉をグルリと裏返させて、口から唾液を垂らしている。
「……やったか?」
 と、アル。
 とどめを刺すべく、突き刺さった大剣を引き抜きにかかる。が、
 アルが大蛇の顔に背を向けた途端。
 その目に生気が戻り――、
 首を曲げて、死角からアルに襲いかかった。
「アルっ、危ないっ!」
「ぅ――――ぐ!?」
 慌てて、両腕に力を込めるが――胴にガッチリと食い込んだ大剣は、びくともしない。
「うぬぅ! くそ! このっ!」
「シャァァッ!」
 間抜けな様を嘲笑うかのように――大蛇は目を細くすると、牙を振り下ろした。
「!!」
 レナが悲鳴を上げて、顔を背ける。
「――アルっ!」
 瞬間。
「グギャアァァァ――ッ!!」
 洞穴の空気という空気をすべて震撼させるような――その場に居合わせた誰もをゾッとさせる金切り声が上がった。
「――え!?」
 声は、彼女の衛士のものでなかった。あの巨漢の声は、常に重低音で、こんなに高い声は出したこともない。
 悲鳴を発したのは、大蛇の方であった。
「な、なに……?」
 レナが、顔を覆う両手を外すと――首を空中で仰向けにし、苦痛に体を捻っている大蛇の姿が目に入る。地面に鮮血が溢れ、その中に白い腹が横たわっていた。
 そして――、
 その丸太のような背腹を突き抜けて、もうひとつの大剣が、大蛇の体を大地に縫いつけている。
「あれは――」
「――だーかーら。あんまし早まるなって言ったんだよ」
「!」
 仰天して見上げると、大蛇の真上、七、八メートルのところ――洞穴の壁面に建てられた
小屋の上――に、見覚えある姿を発見した。
 板張りの屋根に足を踏ん張らせて、中腰姿勢でこちらを見返している。
「ノースっ!? でもなんで?」
 レナは、上方にいるラムバーダン人の男と前方にいる大蛇とを見比べて、訝しげな顔をした。
 ノースは、緊張感のない面持ちで肩を竦めると、
「あんな、糞重たいだけの剣、マトモに使えるわけないだろ?」
 苦笑しつつ、空になった分厚い鞘を振って見せた。
「じゃ、じゃあ……」
「そ――こうしたんだよ!」
 頷いて、手にした鞘を下に投げつける。
 それ自身かなりの重量がある金属の板切れは、真っ直ぐに――重力加速度を加えて――数メートルの高さを跳躍し、大蛇に突き刺さった。
「ジャアァァッ!」
 大蛇が苦悶の叫びを上げ、漆黒の鱗が数枚宙に舞う。
「ぐ……おのれぇ……」
 大蛇――レイダックは、憎々しげにノースを睨め上げた。
 と。不意に、その姿がグニャリと歪み――、
 ガシャリと音をたてて、鞘が地面に落ちる。
「えぇ!?」
 愕然とするレナ。
「――変身した? 変身種族なのっ!?」
 瞬くほどの間に、大蛇はガッシリした男の姿に変わっていた。
 人間の姿になったレイダックは、肩と脇腹と背中とにそれぞれ深い傷を負って血を流し続けていたが――まるで、自分のことではないかのように、平然と、血溜まりの上に立っている。
 その横では、アルが、返り血でグッショリ濡れたまま茫然としていた。
 と、そのアルにギラリと目を向けたかと思うと――、
 次の瞬間、レイダックは左脚でアルを強打した。
「ぐあっ!」
 巨体は易々と吹き飛び、
「――!」
 レナが気付いた時には――大男は、岩壁に叩き付けられていた。
「ア、アル――!?」
 立ち竦む少女に、レイダックは凄惨な笑みを見せ、地面に刺さったままの大剣を片手で抜く。
 そして――全裸で血塗れのまま――赤く染まった地面を一蹴すると、あっという間もなくノースに迫り、剣を振り下ろした。
 この行動を、ノースはすでに看破していた。大剣が届くかなり前に、後方へ跳び退いている。
 が、レイダックの狙いは別のところにあった。
 標的を失った 大剣は、そのまま屋根に激突し、これを打ち破る。
 板を組み合わせただけの、ちゃちな造りの小屋は、その衝 撃を吸収しきれず土台の岩盤ごと崩れ落ちた。
 無論、ノースとレイダックも、小屋と一緒に落下する。
 地響きが鳴り、大量の埃が舞い上がった。
「!!」
 無音の悲鳴を上げ、レナは瓦礫と化した小屋に駆け寄った。細かい木の破片が、パラパラと頭上に降り注ぐ中――顔を青ざめさせ、茫然と立ちつくす。
「そんな――」
「ぅぐぐ……」
 彼女の後ろで、アルが苦痛に顔を歪めながら起き上がる。
 大男は――しばらくは脇腹を抱えたまま呻いていたが――異様な気配を察知し、叫んだ。
「!!――姫様――っ!」
「え!?」
 その絶叫に、レナはアルを顧みる。
 刹那――。
 轟音を発てて、瓦礫が吹き飛んだ。
「!!――キャアアァァッ!」
 衝撃で、蹌踉めき―倒れる。それでも、なんとか顔だけは上げると、土埃の中に黒い影が蠢くのが目に入った。
 レイダックは、再び大蛇の姿になっており、尾を振るって土砂を払いのける。
 そして――、
「あぁっ!?」
 尻餅をついたまま、レナは目を見開いた。
「――ノースっ!?」
 長いとぐろに巻かれて、ノースが全身を絞め上げられている。なんとかして抜け出そうと、必死にもがいていた――実際には、振り解くどころかまともに動くことすら出来ない状態で、その顔は、先刻アルに絞められた時とは比較にならないほど危機迫る……というか、苦痛に歪んでいるようにレナには見えた。
「や、やめてっ! やめなさいっ!」
 レナは悲痛な声を上げ、腕を振り上げる。
 だが、相手は彼女の下僕じゃない――。
 当然、この命令が聞き入れられることもなかった。
 ギリギリと――切り倒される寸前の大木が鳴らすような――そんな軋んだ音をたてて、黒蛇はノースを絞め続ける。
「やめて!」
 見る見るうちにノースの顔は赤く染まり、それに呼応するかのように、レイダックの数ヶ所の傷口から血が奔流の如く流れ出す――それでも大蛇は力を抜こうとはしなかった。
 瞬く間に、あたりは鮮血の海へと変わっていく。
「やめてっ!」
 レナは三度絶叫し――ふと、すぐ近くにアルの大剣を見つけ、駆け寄った。
 しかし、ノースでもまともに扱えなかったシロモノである。彼女のか細い腕で、到底持ち上がるものではない。剣は地面に横たわったまま、びくとも動こうとしなかった。
 それでもレナは、渾身の力を込めて柄を握り、引っ張る。その手は、誰のものとも知れぬ血で、ベッタリと濡れていた。
「グフフフフッ……」
 その様子を目にして、レイダックは不気味に嗤った。ノースを絞め上げたまま、ズルズルと地を這う。
「健気なものだな……まったく――」
 そして――懸命に大剣を持ち上げようとしている――レナのすぐ背後まで近づくと、飼い猫が主人にじゃれつく時のように、頭でドンッと押した。
「!?――きゃあっ!」
 レナが悲鳴を上げ、
「姫様っ!」
 アルが、我が身のことのように――いやひょっとするとそれ以上に必死な形相で――叫ぶ。
「おのれぇ、化け蛇がっ!」
 ただ、威勢がいいのはその一声だけで、大男は横腹を押さえると顔を顰めた。どうやら肋骨が折れているらしい――全身を覆う頑丈な金属 鎧は、腹のあたりが陥没していた。
「うぅっ……」
 と、レナが呻く。
 体重のない彼女は、壁際まで吹っ飛ばされてまともに頭を打ちつけていたが、それでも起き上がろうとしている。
 と、その眼前に、蛇の鎌首がヌゥッ――と突き出され、ギョッと目を剥いた。
「ヒッ!?」
「――おや?」
 レイダックが目を細める。
「これはこれは――どこかで見た顔だと思いきや、忌々しいガルーダめの、巫女殿ではないか。フフフ……こんなところでお目に掛かれるとは思ってもいませんでしたよ。レオナルド王女」
 言いつつ、蛇特有の細長い瞳孔を針の先ほどの大きさに窄める。その口元からは、長い舌がシュルシュルと出たり入ったりしていた。
 二股に分かれた先端がレナの顔をペタペタと叩き――、
「…………!?」
 レナは恐怖で顔を引き攣らせた。声も出ない。
「姫様ーっ! や、やめんか貴様っ!?」
 アルが叫ぶ。その表情は、レナと同じくらい青くなっていた。
「……クックックッ……」
 と、レイダックが喉の奥で嗤った。
「傑作だな。小賢しいラムバーダンを追いかけて、その上ガルーダの巫女まで見つけられるとは……我らの邪魔になる存在を一度に三つも消し去ることが出来るのだから、まったく愉快じゃないか」
 そして、無表情な外見に全く不釣り合いな高い声域で、なおも笑い続ける。
 その声は、蛇と言うより、むしろ鴉の啼き声をイメージさせた。
 黒い、鱗の様な濡れ羽に覆われた巨大な首長鳥――その翼を持たない怪鳥が、無限に拡がる空間に不吉な叫びを響かせている。
 と――、
「……察するに――」
 一部始終をずっと黙って見ていたノースが――いつものように――唐突に口を開いた。
「ガルーダの失踪騒ぎも、結局お前らが仕組んだコトってわけだ」
 もちろん手も足も出ず、苦悶の表情も少し残したままだったが、ギリギリと絞めつけられている割りには、かなりしっかりとした口調である。
 レナが、ハッ――と顔を向けた。
「ガルーダですって! どういうこと!?」 
「さぁ……」
 と、ノース。とぐろ越しに視線を返す。
「多分そうだろうなー、と思っただけで、よくは分からんけど……でも、そうなんだろ?」
「フフフ……そうよ」
 と、レイダック。獲物がすべて無力化していることに満足して、気まで大きくなったのか、やたらと饒舌になっていた。
「正確には、我らが盟主ガーデン殿と、偉大なる女神リリス様が計画されたことだがな。くだらん王族どもと、女神気取りのあの女を駆逐して、リリス様がこの国の新たな女神になられるのだ。クーデターなど、ほんの余興にすぎぬ」
「じゃあ――」
 と、ノース。
「ガーデンって?」
「前バランゲル王に追放された賢者殿よ。卑しい王族どもは、反王制を唱えるあの方の思想を危険視し、自分たちの保身のためだけに王都から追放したのだ……」
 レイダックは上機嫌で、誘導されていることにも全く気付かない。
 朗々と――もしかしたら自分の言葉に酔っているのかもしれない――芝居掛かった口調で、言葉を継いだ。
「我らは、ただあの方に賛同しただけのことよ。言ってみれば、これはあの方の復讐劇でもあるわけだな」
「それで、とりあえず王族の守護者であるガルーダをさらった……」
「そのとおりだ……ラムバーダン」
「はぁ―ん。そう……」
 と、ノース。首を傾げる。
 そして、見ようによっては苦しそうにも見える表情で、荒く息を吐いた。
「……なるほどね」
 見ようによっては、笑ったようにも見て取れる。その本心はどちらかというと――、
(単純だなぁ……)
 完全に小馬鹿にしていた。
「もっと……なんて言うのか、まともじゃない理由かと思ってた。だいたいリリスって言えば、確か昔ガルーダと、カルミュナのフェニ――」
「おしゃべりはここまでだ」
 と、レイダック。ノースの言葉をピシャリと遮ると、
「そろそろ、消えてもらうとするか……目障りなラムバーダンも、ガルーダの巫女にもな」
 そう言って、赤い目をギラリとさせた。
「!?」
 レナが動けないまま、ビクッと肩を震わせる。恐怖のためか、目には涙が浮かんでいた。 
「――よく言うよ」
 と、ノース。せせら笑った。
「これだけペラペラしゃべっておいて偉っそうに。威張るのは、そのしまりのない口を縫い付けてからにしろって……ぐっ――」
「黙れ!」
 グッと胴を絞めるレイダック。さすがに、憎まれ口を利く余裕が無くなって、ノースは首を仰け反らせた――その顔色は、すでに赤から土気色へと濁り始めている。
「や、やめてっ」
 レナが懇願する。その声に先程までの力はない。
「お願いだから……」
「ふぅむ――」
 レイダックは、ノースを絞めながら、レナに巨大な顔を寄せた。
「そんなに言うのなら、まずはお前から始末してくれる……」
「!――い、いやっ……」
 ふるふると首を振ると、レナは後退る――が、もうこれ以上後ろはなかった。
「こ、来ないでー!」
「フフフ……」
 大蛇は、一度、舌なめずりをしてから、レナの頭をかみ砕こうと、ガバッと口を開いた。
「姫様ーっ!」
 今、まさに殺されようとしている君主を目の前にしていながら――何も為す術がないアルは、ただただ悲痛な叫びを上げる。
 それに合わせるかのように、レナも絶叫した。
「やめて――――!」
 ガアァァン――!
 と、その声も、ほかの何もかもを引っ括めて――まわりを劈く鋭い音が響きわたった。
 同時に、大蛇の頭がグラリと揺れ、
「え……!?」
 レナの視界を占領していた巨大な瞳が、瞬時にして焦点を失い、虚空を彷徨う――。
 レイダックは、レナの横をかすめて地面に倒れた。
 ドサリ――
 静まり返った洞穴に、波紋のように広がる余韻。そして、硝煙の匂い。
「な……何?」
 そろそろと――倒れた大蛇から離れると、レナは泪目のまま困惑の表情を浮かべた。
 つい数秒前のこと。自分を殺そうとしていた大蛇である――それは間違いなかった。
 しかし、黒蛇はまったく動こうとはしない。ピクリともしなかった。
 と、その頭から、一筋――鮮やかな紅い雫が流れ落ちる。
 そして、
「やれやれ……だな。まったく」
 ぐったりと力が抜けた蛇の胴体を振り解いて――ノースが出てきた。
 よろよろと、少し不安定ではあるが、ちゃんと両の足で立って歩いてくる。
「だいじょぶか、お嬢さん?」
 言いながら、へたり込んでいるレナを助け起こした。
「えぇ……」
 レナは立ち上がると、すっかり汚れ果てたスカートを払い、混乱した様相で、疑問の言葉を投げかける。
「な、何? どうしちゃったの……これ……」
 ノースは―ちょっと顔色が悪かったが――おどけるように肩を竦めると、
「これ――」
 と、手を開いて、中の物を彼女に見せた。
 そこには、加熱して、少し湯気を漂わせる鉄の塊があった。
銃である。
「…………」
 レナはそれを、何か訳の分からないもののように、しばらく見つめていたが――、
 ハッと我に返ると、大蛇の頭に目を向けた。
 レイダックは、頭を打ち抜かれて――知識のある者なら、そこが脳幹のある場所だということが分かるだろうが――絶命していた。完全に、生物としての機能を停止させている。
 その大蛇と、銃とを見比べてから、レナはふるふると肩を震わせた。
「……な、なによ――」
 呟きつつ、俯く。髪がサラサラと零れて、表情を覆い隠した。
 レナはギュッと拳を握ると、いきなり顔を上げて、
「なによっ! そんなものがあるんだったら、何でもっと早くに使ってくれなかったのよっ!もぅ、死ぬほど怖かったじゃないのぉっ!」
 と、泣きながら、ノースをベシバシと叩いた。
「あ――それがな……」
 と、ノース。銃を、片手でクルクルと弄びつつ、笑みを浮かべる。
「これ、単発式――よーするに、一発こっきりなんだよ。むちゃむちゃ精度も低いから命中率はゼロみたいなもんだし……その上、撃ったら銃身が膨張するんで、二度と使えないっていうやたらちゃっちぃシロモンなんだな、コレが〜」
「なに平然と言ってるのよー、人の気も知らないでっ!」
 レナは――先の恐怖などすっかり吹き飛んで――憤慨した。
 一方、ノースは、まったくもってケロリとしており、彼女が何を言おうがお構いなしである。 軽く小首を傾げて、
「ちゃーんと助けてやったんだから、文句言わない」
 言いつつ、ポイっと、ガラクタと化した銃を投げ捨てる。
 今や、ただの鉄の塊となった火器は地べたを転がり――やはり、ただの肉の塊と化した大蛇にぶつかって止まった。
 その動きを無意識に目で追い、やがて、視界の片隅に血に濡れた大剣を見つけると、レナは表情を強ばらせた。
「……ごめんなさい」
 頭を下げる。
「は?」
 と、ノース。首を曲げた姿勢のまま、固まった。
「――何が?」
「ごめんなさいっ!」
 訊き返すと――レナが、罪悪感の塊になって肩を縮こませる。
「さっき、ひどいこと言っちゃって……本気じゃなかったのよ。頭に血が上っちゃって、つい出ちゃっただけなの……本当よ。だから……」
「?――あ。あぁ……アレか――」
 ノースは、しばらく何のことだかサッパリという顔でいたが――ポンッと、手を打った。
「――『ラムバーダン人は悪人』ってヤツ?」
「……ごめんなさいっ」
 コックリと頷くレナ。
「ごめんなさい――ねぇ……」
 本当に、心から申し訳なさそうにしているレナを見て、ノースは嘆息した。
「別に、気にしてなんてないけど? だいたい、本当のことだし……謝る必要なんてないよ」
 言いつつ、上空を見上げる。〈女神の杖〉が突き刺さっているであろう辺りに目を向けて、
 ポツリと呟いた。
「……そろそろ、迎えに行ってやらんとまずいね……」

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