episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 5 市に『蛇』有る、アルバイチ!? (1)
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「うっわぁー、すっごーい。きれーい!」
 アルバ港を眼下に見渡す定期馬車発着所の、展望台のように突き出たテラスに立って、銀髪の少女は歓声を上げた。
「あんなに船がいっぱい……わたし、港って初めてよ!」
 潮騒と共に吹き上げてくる、磯と蜜柑の香りがする風。それを全身に浴びて、背伸びをする。
 両手は頭の上で、深めに被った麦藁帽を押さえていた。そこからはみ出た長い髪が、潮風に踊っている。
 レナは楽しそうに手摺りから身を乗り出し、日も落ちてきて、鮮やかに色を変化させつつある海を指差した。
「ねぇ、あの船はみんな貿易船なの?」
「そーだよー」
 ヒョウが大きく頷いて、レナの隣にステトテテーッと駆け寄る。
「みいーんな、そーだよ。ずぅーとまえにもみたことあるもんね!」
「へぇーっ。じゃあ、外国とかに行ったりするのかしら……いいなぁ、一度でいいから船って乗ってみたい!」
「オレものたことないよっ。オレものりたいっ!」
「いいわよねーっ、海!」
「う〜〜みぃ〜」
 と、アルバに到着するなり大はしゃぎの二人である。
「あ……あの、姫様……」
 あまりの騒ぎように、アルが――それまでレナの隣で沈黙を守っていたのだが――嗜めるように囁いた。
「あまり大きな声を出されますと人目につきます。ほどほどにして下され」
「いいじゃない、ちょっとぐらい」
 レナは大男の忠告などどこ吹く風で、目の前に拡がる眺望から視線を離そうともしない。
「だいたい、馬車は行っちゃったし、まわりに人なんて誰もいないわよ?」
「それは、まぁ……そうなのですが……」
「なら、ちょっとの間くらい、いいでしょ?」
「は……はぁ……」
 ほとほと困り果てたという表情で、アル。
「しかし姫……なるべく目立つ行動は控えて頂きませぬと」
 それを聞くなり、レナはパッと振り返った。細い眉毛を斜めに吊り上げて、大男に詰め寄る。
「だったら、『姫』って呼ぶ方がよっぽど目立つわよ。『レナ』でいいって言ってるでしょ!」
「と!? とんでもないっ!」
 と、アル。思わず、抱えたレナの旅行鞄を落としそうになる。必死に堪えると、オーバーなほどブルブルと首を横に振った。
「恐れ多くも、姫様をかような……なにより呼び捨てになどできませぬっ!」
「じゃあ町に入っても、人混みの中でも、ずぅーっと『姫』って呼ぶ気なの!? 冗談じゃないわ! せめてもっと普通っぽい呼び方にしてよね!」
「普通っぽい呼び方、ですか……」
 アルは「ううむ……」と困ったような顔をして――いや、実際困っていた――太い眉毛を歪めると、わざわざ荷物を下に置いてから腕組みをする。
 ややあってから、まるで天の啓示でも受けたような晴れやかな表情になって、顔を上げた。
「それでは……そう!『お嬢様』とお呼びいたすことにしましょう。それならば何の問題もありますまい?」
 どうやら、この『お嬢様』という言葉の響きが、自分でもかなり気に入ったらしい。
 アルはひとりでうんうんと頷いたりした。
 一方、レナは眉間にわずかな皺を寄せ、
「なんだか余計に目立つ呼び方じゃない? それだとまるっきり貴族って感じ。それになんか『女王様』と発音似てるし……ねぇ、そう思わない?」
 と。
 唐突に、こちらに声を掛けてきた。
「はぁ――――?」
 大儀そうに――気のない返事と共に――ベンチの陰から顔を上げる。
 振り向きつつ、さも面倒臭いといった風で、薄紫色の瞳を片方だけ少し開け……と思いきや、すぐに閉じて大欠伸をかます。
 ノースは、どうにも開かない瞼を中指の腹で擦ると、首を傾げた。
「なん……だって?」
 その――動物園のライオン然とした――まるでやる気のない態度を見た途端、レナは呆れた顔になった。
「だからぁ、もぉーぅっ! 人の話全然聞いてなかったでしょ! ホンットあなたって、人の言うこと聞いてないわよねっ!」
 手を腰に当て、鼻息を荒くする。
 もっとも、その間も片手は――被った麦藁帽が風にさらわれぬよう――頭上で押さえっぱなしという格好だったので、どんなに息巻いても結局は間抜けなポーズであったのだが。
 ともかく――ノースはチラッと少女の様子を見、もう一度欠伸をしてから呟いた。
「……うっさいなー、『女王様』は……」
「聞いてたんじゃないのよ!」
 と、レナ。険悪な表情になって、キイキイと叫ぶ。
「ぅんもぉぉっー! わざとやってるでしょ?」
「さぁ……」
 と、ノース。
「別に、聞こうと思ってたわけじゃないですよ、お嬢様。お嬢様があんまりデカイ声でお話しになるんで、勝手に耳の中に入ってきただけですって、お嬢様。そんなに大きな声で連呼してる方が、よっぽど目立つ気がしますがね、お嬢様。ねぇ、そうは思いません? 女王様?」
 どこをどう聞いても、『わざと』としか思えない言い方である。
「キーッ! くやしいぃー!」
 案の定。レナは地団駄を踏んで悔しがり、
「どうして、そういちいち嫌味な言い方が出来るのよ? 昨日からずっとそうじゃない。なにか気に入らないことでもあるわけ?」
 と、金色の瞳を燃え上がらせて、ノースを睨み付けた。
 ノースの方はというと、レナの殺人光線を受けても別段なんということもなく。とりあえず口を閉じ。それから、少しすましたような顔になって、少女を見返した。
「うっ……」
 その――かつて〈無機の神槍〉と呼ばれたこともある――ラムバーダン人独特の視線圧に、
さすがの女王様も、一瞬気後れを覚えて言葉に詰まる。
 が、後ずさりつつも、精一杯虚勢を張り、レナは肩を怒らせた。
「な……何よ。文句があるなら言ってみなさいよっ!」 
「……んじゃ、言うけどな」
 と、ノース。眉間に皺を寄せ、深々とため息を吐いたかと思うと、
「――大体ね女神さんがいる所の目星がついたからって何も夜中に出発するかね化け蛇とのいざこざだってほとんど人に片付けさせといてその上こっちは同じ日に二回も首絞められてんのに街道を歩きに歩かされてなんで今思えば俺が借りた馬にどこぞのお嬢さんが乗ってたんだろねまぁそれでようやく馬車に乗ったかと思ったら乗ったら乗ったでずっとあれこれ質問責めに合うわ小汚い定期便だから狭いわ揺れるわうるさいわ外から見えるとまずいからとかなんとか言ってカーテン閉めきってるから外の様子も分からないわ怪しいわやることないしとにかくつまらないわでまったく疲労困憊なのをおしてこっちの得にはまったくなんないことにこんだけ付き合ってやってるんだからまずは宿でも取って風呂に入って少しはくつろがしてもらってそれから議論したとしてもバチは当たらないと思うんですけどねぇお嬢様?」
 と、口を挿む隙どころかひと呼吸も入れずに言い返し――そして言うだけ言うと、言う前と寸分違わぬすまし顔になって、口を閉じた。
 途端に、レナの顔がカーッと上気する。
「そ……それはそれは! このわ・た・く・しとしたことがまったく全然気が利きませんで!ほ・ん・と・う・に悪うございましたわねぇ〜!」
 皮肉に皮肉った口調で言ってみたものの、それで気が収まるわけもなし。
 レナは、プクーッと膨れて、そっぽを向いた。
「うぅー、コワイーっ!」
 その――頭から蒸気を立ち上らせている――レナの様子を見て取って、ヒョウは少女の傍らから一目散に逃げ出した。
 そして、例によってノースの隣によじ登ると、ベンチの背から恐る恐る顔を覗かせる。
「れなー、こわーい。ねぇ、おこってんの?」
 キョトン――と、何の悪意も緊張感もない表情。
 ノースは肩を竦め、何やら返答しようとするが、彼が口を開くより先に、レナが足を踏み鳴らした。
「怒ってなんていないわよっ! じゃあ、ホテルでも民宿でも天幕村でもとっとと行きましょ! 行けばいいんでしょ! まったく、あなたのせいで、せっかく盛り上がってた感動が薄れちゃったじゃないのっ!」
 などと怒鳴りつつ、わざわざ大きな足音を発ててノースに詰め寄ると、顔面目がけてなにかを叩きつけた。
 ビシッ――と、硬く軽い音を発し、それは彼の胸元にずり落ちる。
「――?」
 摘み上げると、どこからどう見ても、安っぽい造りの遮光眼鏡であった。
 疑問符を浮かべ、小首を傾げるノースに、レナは仁王立ちのまま語気も荒く、
「プ・レ・ゼ・ン・ト・よ! 町に入ったら、その厄介な瞳の色に気付く人だっているでしょっ! 騒ぎになると迷惑だから、それでも掛けててよね!」
 それだけ言うと踵を返し、憤懣冷めやらぬ様子で、ズカズカと街へと続く急勾配のスロープを下り始めた。
「ひめ……いや、お嬢様ー! お待ち下さいー!」
 その後ろをアルが――巨体を縮こませ、冷や汗を飛び散らせながら――大慌てで追いかけて行く。なにやら坂の真ん中あたりで、八つ当たりの御怒りまで受けていた。
それを見て、ポツリとヒョウが呟いた。
「おこってんねー」
「――あぁ、怒ってる」
 ノースは忍び笑いを漏らすと、色眼鏡を耳に引っ掛けた。

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