episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 5 市に『蛇』有る、アルバイチ!? (3)
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「うわーっ、昨日とは全然別の街みたいね。どこもかしこも、お店でいっぱいだわっ」
 通りの両脇を埋めつくすように並ぶ露店に驚嘆しながら、レナはまわりを見回した。
 翌朝――朝になってもレナのご機嫌は相変わらずだったが、それでも、今日は市の出る日だということを聞くと目を輝かせ、彼女の半強制的な希望により一行はアルバイチ見物に繰り出したのである。
「ほらほらっ、あれすっごくかわいぃー!」
「ほうほう……なかなかなものだな」
「あ、イカ焼きぃ〜」
 落ち着きなくキョロキョロとする三人。
 先頭は言うまでもなくレナ。彼女のすぐ隣にはアル。そして2人の後ろにヒョウと、そのヒョウに腕を引っ張られる形のノースが最後尾――彼だけが静かにしていて、ひとり完全に浮いていた。時折欠伸を咬みながら、不承不承ついて歩いている。
「ねぇ、あれなんてすごいじゃない。どうやって作ったのかしらね」
「おおっ! お嬢様、あれもすごいですぞっ」
「あははっ、あんなの欲しがる人いないわよっ」
「そうですか? なかなかいけると思いますが……」
「えーっ、それってちょっとおじさん趣味っぽくない? ねぇ?」
「おやじしみだー、おやじしみー!」
「うっ、うるさい! あのワビサビ具合がいいのだ」
「オヤジ趣味よ、やっぱり」
「ひ、ひ……め、いや、お嬢様まで何を仰いますか!? 王宮にいらした頃は、私めのコレクションをお褒め下さっていたではありませぬか?」
「そうだったかしら? 忘れちゃったわ。それにお屋敷は全部燃えちゃったって先生が言ってたし、アルの盆栽も一緒に燃えちゃったんじゃない?」
「……そ、そう言えば……私の長年にわたる血涙の結晶が……くぅう〜」
「あ〜らら、泣いちゃった。しーらないっ」
 と、レナ。悪びれた様子もなく、ペロッと舌を出して笑う。
 到底バランゲル王女とその一行には見えない。色眼鏡姿のノースも手伝って、ほとんど家出娘とチンピラ軍団の図であった――そう見られる方が好都合とも言えなくもないが、どちらにせよ目立っているのには違いない。
「………………あーぁ」
 ノースは三人の後ろ頭を見比べて、深々とため息を吐いた。
「人目に付かないようにするって話は、どーこにいったんだか……」
 ぼやきつつ、苦笑する。
 が、すぐに険しい表情になると、まわりの店や通行人に視線を巡らした。
 今朝水揚げされたばかりの魚貝を並べる店。
 色とりどりの果実を積み上げる店。
 その隣のアクセサリー店では、若いカップルが楽しそうに品物を眺めているし。向かい側のクレープ屋は、家族連れの溜まり場になっていて、往来の妨げになっている。通り自体もかなりの人出で、アマトスの朝市の時ほどではないが、人の流れが途切れることはない。
 市は活気に満ち満ちていた。
(にしてもな……)
 ノースは首を傾げて、小さく呟いた。
(ちぃーっと、テンション高すぎなんじゃないか?)
 一見すると賑々しく華やかなのだが、同時に強い違和感も感じられる。
 もっと単純に言えば、誰も彼もにまるで落ち着きがなかった。皆、何かに怯えるようにおどおどしている。
 そして何より問題なのは、この雰囲気が、彼が今まで何度となく接触してきたものと、まるで同じであるということだった。
(……まさか、なぁ。これって――)
 と、ほとんど予知めいた結論が出てこようとした時。
 レナが振り返った。
「ねぇねぇっ」
 いかにも〈楽しんでますよ〉的に、金色の瞳をキラキラとさせながら、お得意のお願いポーズでノースを見上げる。
「やっぱり私、噂の占い師さんに占ってもらいたいなぁ。ねぇ、行ってみましょうよ」
「ダメ」
「駄目です」
 即答。
 ノースとアルが同時に――しかもきっぱりと――首を横に振る。
「なんでよ!」
 レナは、一瞬前までのにこやかで可愛らしい表情を投げ捨てると、荒々しくノースに詰め寄った。
「どうしてダメなの!?」
「無意味だから」
 と、ノース。
 一方アルは、「ご身分を悟られたら厄介ですし……」と困り顔。
「もぅ! ほんっとに、二人とも頭が固いわねっ!」
 レナは怒鳴ってから――しかしすぐに表情を変えてニヤッとすると、隣で目をパチクリさせているヒョウの真正面にまわって、顔を覗き込んだ。
「ヒョウも占ってもらいたいわよねぇ……私と一緒に行きたいでしょ?」
 猫撫で声を出しながら、ポンポンッ――と嵩のある金髪を叩く。ついでに、とびきりの笑顔でウインクまでして見せた。
 が。
「うん! いかない〜」
 ヒョウはあっさり首をヨコに振ると、「にぃーちゃんと一緒にいる〜」と、ノースにしがみ付いた。
「!!」
 レナの背後がガラガラと崩れ落ちた――ように見えた。
「な、なんでよっ!」
「はい。お嬢様――」
 ノースが、静かに片手を上げた。
「民主的に多数決で、占ってもらう必要なーしと立証されました」
 裁判官よろしく、そう言い切る。
「う、ううぅぅ……」
 レナは奥歯を噛んで、上目使いにノースを睨み、そして、
「もういいわよっ! 私ひとりで行くからっ――馬鹿っ!」
 そう言い捨てると、身を翻して人混みの中に飛び込んだ。
 そのまま不幸な通行人をなぎ倒して、猛スピードで駆け抜けていく。
「ひ、姫……いや、お嬢様ーっ!」
 大慌てで、その後を追いかけるアル。
 数秒を待たずして、二人はカーブを描く通りを曲がり、見えなくなった。
「あーあー。まったく……元気のよろしいことで――」
 ノースは、げんなりとして後ろ頭を掻いた。
「……ちぃっとばっかし、やりすぎたかね……」
 と、その腕をヒョウが引っ張った。
「ねぇ、にぃーちゃん」
 まるっきりのマイペースぶりで、ノースを見上げ「えへへー」と笑う。
「おなかすいた」

「まったくもぅ。女の子を労ろうって考え、まるでないんだからっ……ちょっとぐらいつき合ってくれたっていいじゃないのよ!」
 と、レナ。
 占いの順番を待つ列の最後尾に立って、プリプリ怒っていた。
 ブツクサ言いながら、走ったことで乱れた髪をまとめ直し、その上から麦藁帽子を深めに被る。
 帽子は、マーカーバレイに潜んでいた時に村人から贈られたもので、ドライフラワーにした白螢の花が差してあり、彼女の一番のお気に入りだった――実際、乳白色のワンピースと合わせて彼女によく似合っている。
 レナはフンッと鼻息を吹くと、「ホ・ン・トっに、夢もロマンもないんだからっ!」と肩を怒らせた。
 するとアルが、如何にも――というような顔で相槌を打つ。
「そうですとも。だいたい下等生物の分際でお嬢様に意見するなど、まったくもってけしからん……言語道断ですな。己の立場もわきまえず、数々の無礼な振る舞い許し難い! こうなったらすぐにでもアマトス市議会に通告すべきでしょう。あの生意気な雁首突き出してやりますわい! さすればゴート行きは決定も同然。まあ人間紛いにはそれくらいがちょうどよいでしょうて!」
 と、浪々と大真面目。
「ちょっと、アルっ――」
 さすがに面を食らって、レナは従者を振り返った。
「あなたノースのことそういう目で見てたの? 私が言ってるのは彼の性格の悪さであって、そんな、異種族とかどうとか……そういうことじゃないわ! だいたい、そんなの関係ないでしょ!? そんな言い方しないでよ!」
「お嬢様!? 何をおっしゃいます。あんな酷いことを言われて、平気なのですかっ?」
「平気じゃないわよっ。平気じゃないから怒ってるんでしょ」
 真剣な顔で、こうも続けた。
「でもね、あの人は私の身分なんて関係なく話してくれるわ。年下だからって子供扱いする訳じゃないし。そういうのは、やっぱり何かすごく嬉しいのよね。それに……うん。何だかんだ言って気も遣ってくれてるんだと思うし。だから、私も彼が何者かなんて気にしないつもり。お願いだから、アルもそうしてちょうだい。ノースの前じゃなくたってそんなこと言わないで。でないと私、ホントに怒るわよ!


 最後の方は、涙すら流れそうな勢いである。
「お、お、お嬢様……ま、まさか――」
 思わず、アルは後退った。頬に冷や汗が伝う。
「ま、まさか。あやつに……こ。こ。こ。こいしてらっしゃるんじゃ!?」
 極度の緊張からか、『ひらがな喋り』になっていた。
「えぇっ!? そんなぁー」
 瞬間、レナは目を丸くする。しかし、すぐにアルをドーンと突くと、ケラケラ笑いだした。
「それこそ、まさかよっ!」
「そうですよねぇ」
 と、アル。ホッと、胸をなで下ろす。
 その様子を見て、レナの笑顔は少し意地の悪いものになった。
 わざとらしく口元に右手をあて、はにかんで見せる。
「でも……まぁそうねぇ。別に嫌いじゃないわよ? どちらかといえば好――」
「お嬢様〜!?」
 もう聞きたくない、と言わんばかりにアルは悲鳴を上げた。レナはさも楽しそうにクスクス笑っている。
 と、その時。天幕の中から呼び声が掛かった。
「――お次の方、どうぞ」
 どうやら、ようやく順番が巡ってきたらしい。
「あ、はいっ! じゃあアル。ちょっと待っててね」
 レナは――情けない顔で突っ立っているアルに笑いかけると、ひとり天幕の口を潜った。

「ようこそいらっしゃいました」
 中に入ると、正面に座っていた女性が顔を上げて微笑んできた。
(うわー、きれいな人ー)
 女のレナから見ても、占い師はかなりの美人であった。
 美しい顔に、美しい髪――ただ、あえて言うとするならば、彼女の美しさは整い過ぎていた。
 目も鼻も、少しの狂いもない。
 〈美形〉と言うと、彼女の身近にもひとりいたが、彼とは全く部類が違っていた。
 なんというか、魔的な美しさなのである。
 と。
「どうぞ? 早くお掛けになって下さいな、お嬢さん」
 入口に立ったまま、ぼけーっと見とれていると、占い師に急かされてしまった。
「あ、はい。お願いします」
 もじもじしながら、椅子に腰かける。椅子は、前に訪れた人々の温もりが残っていて、ちょっと嫌な座り心地ではあった。
 天幕の内は、いかにも占いの館といった雰囲気で、占い師の前には鏡を乗せた小さなテーブルがひとつ。後ろには屏風の様な間仕切りが立てられ――香水だろうか、ほのかに花の香りも漂っていた。
「それで、何を占いましょうか?」
「えっ?」
 実は何も考えていなかった。ただ、『よく当たる占い師』ということだけで、他のことは全然頭になかったのだ。
「え……ええっと……」
 レナが困っていると、占い師――アストラルはニッコリ微笑む。
「なら、恋愛についてでもどうかしら? 彼があなたのことをどう思っているのか気になるでしょう?」
「え、えぇ!? ちょっとっ!」
 レナは、すっかり泡を食って立ち上がった。
「彼なんていませんっ」
「あら、いるでしょうに――」
 と、アストラル。
「ラムバーダンの彼が」
「え――ラムバーダンって……な、なんで!?」
 レナが驚きの余り言葉を失っていると、アストラルは、その微笑みを少し邪なものに変化させて頷いた。
「もちろん存じておりますよ。レオナルド王女様――あなたが、今日ここにいらっしゃること
も、ラムバーダンが一緒だということも……知りたいんでしょう? どうしてラムバーダンが蔑まれた

存在なのかを?」
「!?――あなたは知ってるのっ?」
 自分の正体を看破されてることも気に留めず、レナはテーブルに身を乗り出した。
 アストラルが、その紅い唇をほころばせる。
「もちろん……」
「じゃあ、教えて! 今まで、誰も教えてくれなかったのよ。どうして、ラムバーダン人だけこんなに嫌われているのっ?」
 真摯な顔で詰め寄る少女に、アストラルはニヤリと笑った。
「分かりました。お教えいたしましょう――ラムバーダンが、あなたが思っている以上に危険な存在だということを……たっぷりとね」

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