episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 5 市に『蛇』有る、アルバイチ!? (4)
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「どうだい兄ちゃん、これなんていい仕事してるだろ?」
 言いつつ、店頭に――まあ表で、日よけをこしらえただけの出店に店頭も何もあったものではないが――とにかく店主は、ぶら下がった一振りの鉄槌をペシペシと叩いた。
「丈夫で長持ち、下手な刃物よりよっぽど威力があるぜ」
「――威力って、ねぇ……」
 心なしか不審顔になるノースである。
 つい先程新調したばかりの上着から値札を引き抜き、それをポケットに突っ込みながら、色眼鏡越しに目をしばたいた。
「ほれほれっ、このキュートな感触を確かめてみてくれよー」
「はぁ……。あ。いや、うん……」
 店主に勧めるまま手に取ってみる――いや、むしろ強引に手渡されたという方が正しい。
 鉄槌は、極めてオーソドックスで粗悪な代物であった。バットのような鉄の塊にトゲトゲが半田付けされているだけで、武器というよりほとんど観光土産の金棒に近い。
 そりゃ叩けば痛いだろうが、わざわざこんなものを買う物好きはいないだろう――もちろんすぐに突き返した。
「なんだ? 気にいらなかったか? じゃこっちのはどうだ?」
 言いつつ、別のものを取り出そうとする。今度のは、何やらドリルみたいな物体がくっついていた。
 嘆息。
「もういいよ……」
「ねぇねぇねぇねぇっ――にぃーちゃーん!」
 と、ヒョウが服を引っ張った。
「あそこー!」
 その手には、コーンに盛られたアイスが、しっかと握られている。しかもチョコとバニラのダブルのやつである――いつもに増してご機嫌なのは、そのせいだ。
 彼の指差す先には、人垣を囲って興行する軽業師の姿があった。
 軽業師――といっても、なにか特別すごい芸を披露しているわけではない。しかし、この超不景気な御時世に、大道芸なんぞやってる時点で十分珍しい。実際、かなりまわりの注目を集めていた。
「いってみよーよー」
 言うなり、こっちの返事も聞かず駆け出すヒョウ。
 ノースは――特にヒョウの後を追うこともせず、その場にとどまったままで――少し首を捻った。釈然としない顔で呟く。
「占い師に大道芸人……。市ってそーゆーもんだったかな?」
 同時に、人の輪の中からワァーっと歓声が上がる。
 大道芸人の男――まだ十代半ばの少年である――は、いくつか手品を見せた後、今度は懐から数本のナイフを取り出し、ジャグリングを始めた。
 時折、わざと危なっかしい様子も見せつつ、観客を楽しませている。
 ヒョウを含めた二、三十人ほどの通行人の目は、すっかり少年に釘付けになっていた。
 と。
 不意に、少年がノースに目を留める。
 観客の輪に混じっていたわけでも、ひとりポツンと立っていたわけでも――ましてやサングラスを外していたわけでもない。
 それでも少年は、まるで狙い澄ましたかのようにノースを見つけた。
「――?」
 一瞬目が合う――その真紅の双眸にノースの憮然とした表情が映り、少年は目を細めて微笑んだ。
「ちょいと、そこのお兄さん――そうあなた」
 少年の言葉に、観客たちの視線がノースに集まる。
 少年は、くせのある黒髪を揺らしながら、小走りでこちらにやって来ると、
「ちょっと手伝ってもらえません?」
 有無を言わさず、ノースを自分の舞台に引っ張り込んだ。
「にぃーちゃんもてじなするの?」
 ニコニコとするヒョウに、少年は「そうだよ」と、不敵な笑みを浮かべる。
「さぁさ。こちらへ――どーせなら、もっと皆さんに見て頂けるところでやらなくっちゃね」
 言いながら、ノースの手を掴んで、来た道を戻る。
 ノースは、連れられるがままに人の輪の中に入って行ったが、輪の中央――つまりさっきまで少年がいた場所――まで来たところで、その手を振り解いた。
「あ――痛かったですか? スンマセンねー」
 と、少年。軽く頭を下げるが、悪びれた様子は全くない。
 ノースは――文句を言うわけでもなく――黙ったまま少年を見返していたが、その表情が、かなり険悪なムードを醸し出していた。
「はいはいはい、そんな――迷惑そうな顔しないで」
 少年はヘラヘラと笑いながらノースに近づくと、そのまま横を通り過ぎる。
 ただし、すれ違いざまに、左手で彼の頭をポン――と叩いた。
 むくむくと――茶色の髪の毛が揺れ動き、そして、中から一羽の鳩が顔を出した。
 おおぉーっ!
 途端に、まわりは拍手喝采。
「――で?」
 ノースは振り返って、少年を睨みつけた。
「以上なワケ? 手伝いってのは……」
「いえいえー」
 少年がニッと、鋭い犬歯を見せた。
「こんなもの、単なるデモンストレーションですよ。だいたい、これくらいで終わったら白けちゃうでしょう?」
「……もったいぶりすぎるってのも、十分白けるね」
「あ。そうですか? でも――」
 冷たく言い放つノースに、少年は首を傾げニヤリとする。
「でも、あなたがちゃんと手伝って下されば、白けるどころかみなさん大興奮ですよ」
 そのやりとりの間も、ノースの頭上には鳩が乗ったままであった。
 鳩は、逃げ出す様子もなく羽根の手入れに夢中になっている。
「あなたにお手伝いしていただきたいのはこちらですよ」
 そう言って少年は、小道具が入った箱から小剣――ジャグリング用の刃を落としたもの
ではなく、れっきとした本物の剣――を取りだした。
「今から僕があの箱に入りますから、蓋を閉めて合図したところで、これを思い切り突き刺して下さい」
 口調は事務的だが、内容は過激である。
 観客は一様にどよめいた。
「あぁ……大丈夫ですよ皆さん。そんなに心配しないで」
 少年は周囲に笑顔を返し――そしてクルリと向き返って、ノースの目を見据えた。
「やっていただけますよね」
「――了解」
 ノースはため息を吐くと、無造作に剣を受け取る。
「分かったよ……」
 だがその一瞬、少年の紅い瞳に何か得体の知れない底意の色が横切ったことを、彼は見逃していなかった。
(まったく、どいつもコイツも……)
 思わず――今すぐ少年を叩き倒してここから逃げ出したい、という衝動にかられたが、表面上はおくびにも出さない。
 平然とした風で少年を見やっている。
 一方、少年は周囲に愛想を振りまきながら、あらかじめ準備してあった等身大サイズの木箱をぐるぐる回し、何も仕掛けがないことを観客にアピールしていた。ついでに、単純な造りの戸も開けて中の様子も見せる。
「それでは皆様、しかと御覧下さい」
 一連の作業が終わると、妙に芝居臭い仕草で一礼し、少年は箱の中に入った。
 ほどなくして戸が内側から閉められる。
 ほんの5、6秒だっただろうか……。
 箱から甲高い声が上がった。
「さぁ、どうぞっ!」
 その声を合図にして、ノースは、躊躇なくズブリと、小剣を箱に突き刺した。
 もちろん手応えなどありはしない。刀身は、あっさり根本まで木の板に食い込んだ。
 アッ――という声が観客から上がる。
 ただ、皆それほど驚いていない様子であった。
 たしかに、この手の手品はよくあるし、結果も知れている。
 扉を開けて無傷の少年が飛び出してくる――誰もがそう思っていたに違いない。
 そして、扉は開いた。
「うっ……うぅ……」
 中からは少年が――腹のあたりを押さえて倒れ込んでくる。手の間からは、紅い液体が滴り落ちていた。扉に刺さったままの剣の先端も、赤く濡れている。
「!?」
 観客は絶句し、棒立ちになった。
 まさかこんなことになるとは!――そんな目で、こちらを見ている。より正確には、剣を刺したノースに注目していた。
 何となく不審そうに、まるで殺人事件の犯人を見るような視線である。
「………………」
 その重苦しい雰囲気の中、ノースは無言で佇んでいたが――、
 不意に。
 気配を察知して、後ろに飛び退いた。
「――っ!?」
 彼の鼻先を黒い影が過ぎる。
 一メートルほど後ろに下がったところで、俯き、腰を低くしている少年の姿が視界に入った。
「――――!!」
 同時に、観客のどよめきは頂点に達した。
「紫の瞳……!?」
「ま、まさかっ!?」
 悲鳴と怒声が入り交じった声が上がり、その輪がじりじりと後退した。
 そのすべてに、驚愕と恐怖と、あとなぜか『やっぱり』という、感情が混じっている。
 少年の手には、ノースの顔からもぎ取ったサングラスが握られていた。
「ラ、ラムバーダン人だっ!」
「やっぱり、入り込んでいやがったんだ!」
 誰かが叫ぶのを皮切りに、全員がパニックになった。
 いきなり散り散りにはなる――などということはなかったが、それぞれが混乱したように声を上げている。
「……ふ、ふふふふ……」
 と、腹を押さえたまま少年が低く哄笑を発した。
「ははははははぁっ!」
 どこかで聞いたような、独特な抑揚の『嗤い』である。
「さぁーて……」
 ひとしきり声を上げた後、少年はおもむろに身体を起こした。
 静かに――血糊が付着したサングラスを投げ捨て、扉に刺さった小剣を抜く。
「そろそろ、みなさんもお待ちかねみてぇだし。デモンストレーションは終わりにしようぜ。なぁ、ラムバーダン人?」
 先刻とはまるで違う不遜な態度で、ノースを睨み付けた。
周囲の視線も、殺意が籠ったものへと変わり始めている。
 それとまわりとを見比べて、ノースは肩を竦めた。
「――嵌められたな」

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