episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 5 市に『蛇』有る、アルバイチ!? (5)
前へ | 目次へ | 次へ

「あなたは、ラムバーダンという種族をどこまで知っているのですか?」
 こう言われて、レナは首を振るしかなかった。
「正直言って何も知らないわ……昔世界を支配していた魔王の一族で、百年前にほとんど滅んでしまった――という、誰でも知ってるようなことだけ。本当は、絵本だけに出てくる架空の人たちじゃないかと思ったこともあったし……」
「ラムバーダンは架空の産物などではありませんよ」
 その言葉に、レナはコクリと頷き、
「いつだったかお父様に――ラムバーダン人は魔物で、いつまた人間を征服しようと考えるかわからない邪悪な種族だから、排除しなきゃいけないんだって聞かされて……私、ラムバーダン人って怪物なんだと思ったわ。だって、ラムバーダン人のことは、目が紫色をしているってことしか知らなかったんだもの……どの本にも、なんだか分からない生き物しか描かれてなかったし……」
 そこまで言ってから、急に眉をギュッと寄せて項垂れた。
「……でも彼が現れて……私たちと全然変わらないってことを知って、すごくびっくりしたわ。それで分からなくなったの。なぜ、ラムバーダン人だけがこんな風に悪く思われてるんだろうって。同じ人間なのに……」
「たしかに、あなたはラムバーダンのことを知らなすぎますね」
 アストラルはそう言うと、その紅い目を細めた。
「そもそも、彼らは魔物などというものとはまったく縁遠い存在なのですよ。たかが人間風情の、しかも小娘などには、それを判断する資格すらないのです」
「どういう意味よ?」
 アストラルの――小馬鹿にするような言い方に、気分を害したのか、レナはいくぶん刺のある口調になり、キッと眼前の占い師を睨み付ける。
 しかし、アストラルは平然としていて、優雅に髪を撫でては微笑んだ。
「ラムバーダンは別に人間の世界を『支配』したわけではないのですよ、お姫様。彼らが元々世界を『管理』しているのです……そして今もなお、それは続いている……」
「管理?」
「そう……」
 静かに首を振る。
「愚かな人間達のためだけに、己を犠牲にしているのです」
 そう言うと、アストラルはレナから目を逸らした。
 苦々しい表情になり、ボソリと呟く。
『……しかも挙げ句の果てに、あんなことになるのだからな……』
「え。何?」
 レナが、目をパチクリとさせて占い師の横顔を覗き込む。
「今、なんて言ったの?」
 しかしアストラルは――彼女の問いかけには答えず――目を伏せて、そして謳うように言った。

  ラムバーダンに呑まれるな――それに生はないのだから
  ラムバーダンを背けるな――それに死はないのだから
  近寄くことは虚無を招き、その目は無機の刻を示す
  現の狭間に輝く月夜、夢の彼方へ来れし混沌
  ラムバーダンに呑まれるな
  ラムバーダンを背けるな――
  ――そして、すべてがたったひとつ
 
 奇妙な節が付いた、詩のような言葉を紡ぐと、何か思うところがあるのか遠くに目をやる。
「それ……は?」
 レナがかすれた声で言うと、アストラルは少女に視線を戻した。
 心なしか自嘲気味な笑みを浮かべている。
 アストラルは静かに頷いた。
「ただの使い古しですよ。しかし、これほどラムバーダンという存在について的確に示したものは他にはありません……人間が謳ったものにしては、珍しくまともと言えますね」
「……どういうこと? 全然分からないわ」
 困惑した表情で、レナが首を振る。
「分からないでしょうね」
 と、アストラル。
「何も知らない人間たちのために、長い間奉仕してきた私たちの気持ちなど……!」
 唸るように、語気も鋭く呟く。
 そして、紅い唇と双眸――その両方を細く歪めると、ゆらりと立ち上がった。
 長い黒髪が蛇のようにうねり、天幕の内部を闇で満たしていく。
「あ、あなたっ、何者なの!?」
 異様な気配を感じて、レナはずるずると後退さった。腰が浮いて、無意識のうちに立ち上がっている――椅子が、カターンと音を響かせて倒れた。
「ひ、姫様!?」
 その音を聞きつけて、アルが幕を捲り――中を見て凍りついた。
 狭い天幕の中に、うねうねと無数の黒いものが蠢いている。その中に、死人のように青く、白い肌の、裸身の女が佇んでいた。
「姫っ!」
 アルは大慌てで、立ちすくむ主の肩を庇うように抱く。
 しかし、レナは彼に気付かないほど動揺しており、呻くように二度尋ねた。
「誰なのっ? あなた!?」
「ふふふ……」
 占い師は、完全に人間離れした威圧感を放って哄笑した。
「あなたに私達の心など分かるはずもない! 所詮、王族のお前などには!」
 叫びつつ、その体がグニャリと曲がった。
 体が中からふくれ上がるように歪み、髪がまるで意志を持った生き物のように這い回る。
 そして、レナは悲鳴を上げた。

前へ | 目次へ | 次へ