episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 6 王女に真実を、少年に鳩を (1)
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「あんたもかわいそうだよねぇ……こんなに嫌われてさ」
 少年は――手品用の紛い物などではない――本物の剣を片手にぶら下げると、さも哀れだと言わんばかりに、こちらに同情の眼差しを向けてきた。
 すでに、腹に手は当てていない。
 苦痛の表情も消えている。
 後にはただ不敵な嗤いと、服に染み付いた紅い液体――明らかに血液とは違う赤い色が滲んでいるだけである。
 だが、住人を恐怖に落とす起爆剤としてはそれだけで十分だった。
「ラムバーダン人が、人を刺しやがった!?」
「紫の目の魔物が町を滅ぼす――言ったとおりだっ!」
「魔物!?」
「魔物だ!!」
「は、早く捕まえてよっ!!」
「捕まえろ! 火あぶりにするんだっ!」
 恐怖は、時に人をかき立てる。
 まわりの混乱はしだいに収まっていき――やがて、周囲は異様な静けさに包まれた。
「人間なんて単純なもんだよなぁ。ちょっとタネを撒いただけで、ここまで勝手に盛り上がってくれるんだからよ」
 いかにも反抗期の子供というか、不良少年的な口調で言いつつ、少年は――グルリとまわりに目を巡らせると――小剣をゆっくり持ち上げた。
 そのまま、ごく自然に構えをとる。
 その行動を不審に思う――例えば、たしか少年は、彼自身が持つ剣に腹を刺されたはずなのでは――などと指摘する者がいてもよさそうなものだが、そんなことにまで気を砕く余裕がある人間は、誰一人としていなかった。
 皆、口々に叫び、呪いの言葉を口にすると、手に手に棒や瓶を構えてノースのまわりを取り囲む――もっとも、接近するまでの勇気はないらしく、ある一定距離からは誰も足を踏み入れようとはしない。
 その輪の中心で、少年。
「しっかし、ラムバーダン人ってのはマジに嫌われてやがるんだなぁ。ここにいる連中だって、モノホンを見たことあるヤツなんてひとりもいねぇくせに……いやいや、過去の柵ってのはややこしいぜ」
 彼がおどけたように言うと、ノースは――今の今まで成り行きを静観していたのだが――おもむろに口を開いた。
「なーんか吹き込んだんだろ。どーせ」
「オレたちは何もしちゃいねーさ。この町の連中が、無知で馬鹿なだけだ」
「……無知、ねぇ……」
 フッと、表情を和らげると少年を見返す。
「なーるほど。的中率百パーの占い師とは念入りなことで。恐れ入ったな」
「ご明察!」
 少年がニヤリとした。「さすがは、ラムバーダン人!」と、芝居がかった仕草で絶賛する。
 その間も、剣の切っ先は、ノースを真っ直ぐ捉えたままになっていたが。
「正解のついでに解説もつけてやるとな、ここであんたにゃ消えてもらうぜ――オレがこいつを一振りしただけで、アホな人間たちがあんたに殺到する。いくらレイダックを倒したあんたでも、これだけの人数は相手できねぇだろ? オレが危険を冒して、不可侵と言われるラムバーダン人と戦う必要はないってわけだ!」
 そう言って、少年は剣を頭上に掲げ上げた。
 途端に群衆が色めき立つ――!
「悪魔!」
「悪魔を殺せ!」
「殺せ――!!」
 緊張の糸は、もはや一分の隙もないほど張りつめていた。
「さあ、どうする?」
 満足げに笑みを浮かべる少年。
 まわりの雰囲気に飲まれ、すでにその顔は正気を無くしていた。
「何ならもう少しこうしてやっててもいいぜ……オレが喋ってる分だけ、てめぇの命も長くなるわけだしなぁ」
 それをうんざり顔で一瞥し、ノース。
「まったく……。聞いてもないことをペラペラペラペラと、よくお喋りになることで。さすが化け蛇のお仲間だな。類は友を呼ぶとはよく言ったもんだね。ホーント」
 言いながら、頭上の鳩を抱え降ろす――鳩は、居心地の良かった茂みからいきなり引っ張り出されたことに困惑していたが、とりあえず手の中でじっとしている。
「――こういうときは、相手がわけ解んなくなってるうちに、先手先手で攻めてくべきだろ。な?」
 場違いな程明るく、鳩に問いかける。
 鳩も、脳天気に喉を鳴らした。
「なぁ――て……てめぇ〜」
 少年は、一瞬、ポカンと口を開け放っていたのだが、なんだか小馬鹿にされたような気分になって――実際小馬鹿にしていたのだが――、
「だったら、今すぐにでもやってやるぜ!」
 叫んで、小剣を一閃した。
 といっても、上げたものを降ろしただけなので、その軌道上の障害物はあっさり後退する。
 剣は虚しく空を切った。
 もちろんそれが攻撃ではないことをノースは知っていたし、彼が避けることも少年は承知済だ。
 銀色の刃が日差しを反射して、ギラリとする。
 後はもう、いたって単純だった。
 それを合図にし、わぁ――っと、群衆が囲いを崩してノースに殺到してきた。
 その場から動こうとしない者も、次々と手の中の物を投げつける。そのひとつがノースに掴みかかろうとしていた男の頭に命中し、男は目の焦点を失って地面に倒れた。
 さらに、その男に蹴つまづいて、何人かが雪崩状に崩れ落ちる。
「あーらら……無茶苦茶だな、こりゃ」
 苦笑すると、ノースは横目で周囲を窺った。
 何処もかしこも恐怖に歪んだ顔。顔。顔――とにかく、完全にいった人間で埋めつくされている。しかしその片隅に、ポカンと立つヒョウの姿を確認すると、ノースは少し相好を崩した。
 狼犬の少年は、群衆の輪の外で何の影響も受けていない。少なくとも最悪の事態にはまだなっていないわけだ。
(さーて、と……どーしようかねホント――)
 そう考えたのもほんの一瞬のこと。おそらくコンマ以下の時をおいて、彼の頭に警戒音が鳴り響いた――その指示に従って、立ち位置を少し横に移動させる。
 同時に、ブンッと風を切る音が耳元をかすめ、目標を失った鉄塔がグサリと足下に突き刺さった――干し草などをかき集める時に使う、巨大なフォークのようなアレである。
「ぅゲーっ……そんなもん振り回すなよ!」
 口調とは裏腹に、かなり余裕のある表情で後ろを振り向く――と、鉄塔の柄を握りしめていた男と視線が合った。
 ニッコリと言う。
「――危ないよ」
「な……なんだと!?――ウガっ」
 まさか避けられるとは思ってみなかったらしく、男は目を剥く。
 まぁ、もっとも。白目になった理由は、飛んできた端切れ煉瓦が、後頭部に直撃したからかも知れないが……。
「だから、危ないって言ったのにな……」
 その間にも、頭上からは無数の瓦礫が降りかかる。
 ほとんどが、まわりに当たって自ら味方を減らしていたが、いくつかはノースにも容赦なく当たった。
「……ったく――厄介だな〜」
 破片が飛びかう中――そんな物全く目に入ってない風で呟くと――手に抱えた鳩をチラリと見る。そして、
「あー、はいはい。いいかげんに退かないとね、怪我するよー」
 誰に対して言ってるのか、かなりぶっきらぼうな口調で言い放ち、少年が手品に使った箱を無造作に押し倒した。
 板を張り合せただけのカラフルな直方体は、あっさりと倒れ、何人かに伸し掛かる。数人が悲鳴を上げて箱の下敷きとなった。
 その間にも、ノースはさっさと次の行動を起こしている。
 箱が倒れて彼を取り巻く人垣の一部が手薄となる。そこを無理矢理突っ切ると、ヒョウのところに走り寄った。
「あ。にぃーちゃん」
 ヒョウは――まるで金縛りにあったように固まっていたが――ノースに気付くと、間抜けな声を発して顔を上げた。
 その顔をニッと見返し、
「――ほれほれっ、行くぞっ」
 ノースはヒョウの手を握り――つまり、右手に鳩、左手に子供というポーズで――一目散に走り出した。
「逃げたぞ――」
「追えっ!」
 怒声を背に受け、飛ぶように細い路地へと駆け込む。
 しかし直進はせず、すぐに曲がると大通りに出た。
 上り坂になっている大通りには、他の通りと同様に左右に店が並び、人も多い。何が起こったのかをまだ完全には理解していない人々が、ただ茫然と広場の方を見やっていた。
 その眼前を横切り、通行人の間をすり抜けて、人の流れを逆走するように通りを走る――いや、正確には歩いていた。人混みに紛れてからは足を緩め、〈かなりせっかちな早歩き〉程度に速度を落としている。それでも騒ぎは遙か後方に遠ざかっていた。
「ラムバーダン人が出たぞ!」
「くそっ! どこいきやがった!」
「紫の目をしたヤツだ。逃がすな!」
 こうなってしまえば、誰が誰を追いかけているのかすら定かではなくなる。それに、すれ違う相手の瞳が何色かなんて、そうそう確認できるものでもない。
 案の定、狙いを絞って追走してくる者など誰もおらず、人通りも――市の中心から外れたせいだろう――少なくなってきた。それにつれて、再び速度も上げる。
 早歩きから小走りに、小走りから全力疾走に。
 ひたすら走る。
 なお、アルバの港町は、丘陵状の岸壁に巨大な階段を象るように作られており、傾斜を遡れば自動的に町の外へ向かうことになる――しだいに住宅や商店の密集地は過ぎ、まわりは倉庫のような建物ばかりになっていった。
 もはや、追っ手どころか、人の気配すらない。
「逃げるが勝ちってヤツだよなー、やっぱし」
 思わず苦笑いである。
 するとヒョウが――無垢な彼は「にぃーちゃんとかけっこ〜」というぐらいに思っているのだろうか――ニコニコしながら尋ねた。
「にぃーちゃんかったの〜? じゃあトリさんもらったんだー?」
「――あ。そういや、そうだな」
 すっかり忘れていた。
 走りながら、いそいそと、抱えたままの鳩をジャケットの内ポケットにしまい込む。
 鳩は、手品用に訓練されているらしく終始じっとしていた――もちろん、お荷物であることに変わりはない。
 それでも、ノースは鳩を放つ気にはなれなかった。たとえそれが懐には収まらない鷹や白鳥であったとしても、おそらく結論は同じである。
 端的に言ってしまえば、鳩は風切り羽と肩羽を切られていた。飛ぶどころかまともに翼を広げることさえままならない状態である。置き去りでもにすれば、すぐに雑踏の餌食になってしまうだろう。
 愛着が沸いたとか、動物愛護だとか――そういう類の気持ちは全くない。ただ同時に、飛べない鳥を囮に使うつもりも、必要ない犠牲を作るつもりも、彼にはなかった。
 とりあえず自分が捕獲しておくことが、鳩にとって一番長生きできる方法と踏んだのである。
「窮屈だと思うけど、お互い様だからさ、我慢してくれよな」
 諭すように言うと、自由になった右手で額を拭う。瓦礫が当たったのか、それとも治りきっていない傷が開いたのか――赤いものが滲んでいた。
 それを見て、ヒョウが眉毛の間に小さい皺を作った。
「にぃーちゃん、ちぃーでてるよー? いたい?」
「別に――」
 と、ノース。
 痛くはないけど。と続けてから、手首と甲に付いた血液を拭うように舐める。サラッとした触感のわりに粉っぽい――その独特な混合成分は、さっき食べたアイスのせいで甘くなっている口には、かなり嫌な味だった。
「どーりで鉄臭いと思った……」
 思わず顔を顰め、軽く後ろを振り返る。
「オレ、きずバンあるよ!」
 ヒョウがうれしそうに手を挙げ、背負ったリュックを揺らした。
 が、ノース返答はそっけない。
「……いらない。蒸れるから」
「ぅう――」
 ヒョウは残念そうに呻り、口をへの字に曲げる。進む速度は変わらないものの、彼にしてはかなり気分を害したようで、それきり黙ってしまった。
 だが、ノースは別にヒョウの好意を無下にしようと、冷たい態度を取っているわけではなかった。
 今まで延々と上ってきた通りを、町の中心――すなわち港――まで目でなぞる。
 両側に展開する屋根が、梢の畝のように拡がる中、〈女神の広場〉のある辺りだけがポッカリと穴になっているが、今やそこが混乱の坩堝となっているのは必至だ。どれだけ離れようとも、異常に興奮した空気は伝わってくるし、殺気は、じわじわとではあるが町全体に拡がりつつある。
 それに、問題はもうひとつ。
(広場……って言ってたよなー、たしか……)
 〈女神の広場〉が町の中心なら、市の中心も当然その〈女神の広場〉である。
 その広場には、騒ぎの元凶とも言える占い師が鎮座している。
 そして、占い師がいる場所は、すなわち『お嬢様』達がいる場所なのだ。
 占い師の正体が何にせよ、こちらを付け狙っている連中の共謀者には違いない。相手の目的が王族の殲滅にある以上、間違いなくレナも狙われるはずである――むしろ、自分から騒ぎの基に飛び込んでいったのだ。すでに襲撃されていると考えるべきかもしれない。
(――だーかーら。占いなんてあてにするなって言ってんだよ……)
 行かせるべきじゃなかったな。と思わず唇を咬むが、まぁ、後悔しても仕方がない――もともと、何かを長い間思い悩んだりもしない。
 ノースは視線を前に戻した。
(――あの調子じゃ、パニックが収まるまで二時間ってとこか……)
 ともかく、今は自分の方を収めるのが先決である。そしてこれ以上騒ぎを大きくしないための秘訣は、彼の長年の――本当に長い――経験においてひとつしかない。
 そこからいなくなる――。
 それがもっとも有効な手段だった。
 しかし……、
「それまで奴さんが待っててくれるわけ……ないよなぁ、やっぱ……」
 思いっきりため息を吐く。
 その時。
 ノースの視界の片隅に、何かキラリとした光がかすめた。
「!?」
 咄嗟に足を止め、後ろに上体を反らす。
 その一瞬後――正に瞬きするほどの間であった。
 彼の鼻先をかすめて、あの――群衆に火を付けた――少年が地面に着地した。
 手には小剣を握っており、寸でのところで、ノースの頭は新しい傷を創らずに済んだ。
 仮に、前方に避けていたら、背中に食らっていたところだろう。
「ケッ、やたらと勘がいいじゃねぇか」
 いかにも残念そうに舌打ちをして、少年が立ち上がる。
 一方ノースの方は、無理な体勢から無理矢理後方に重心を移動させたため――実際、どんなに脚力に自信があるものでも踏みとどまるのは難しい――地面に尻もちを衝いていた。
 そこを、頭上から振りかぶって、少年。
「やっぱり、直接殺ったほうが早いってコトだな。悪く思うなよっ!」
 むやみに大きな声で叫ぶと、ノースの眉間を定めて、剣を振り下ろそうとした。
 と、そこに――しかも抜群のタイミングで――金色の塊が割り込んできた。
「こぉぅらぁー! にぃーちゃんになにすんだっ!」
 声を上げ、犬のような獣が、少年に飛びかかる。
「――のわっ!?」
 背後からの猛烈な体当たりを受け、少年はグラリとよろめいた。
 すかさず、ノースは飛び起きると、少年の腕を払った。
 ガラン――!
 重い音を発てて、少年の手から放たれた小剣が、舗装された道に倒れる。
 剣は、ノースのやや背後――左の足下に転がった。
「クソッ!?」
 少年は蹈鞴を踏んで、後ろに下がる。
 ノースも、剣を跨ぐように間を空けた。
 そこへヒョウが――いつ変身したのか――狼犬の姿で駆け寄ってくる。
「にぃーちゃん、だいじょぶ?」
「あぁ……」
 ノースは頷くと、傍らに寄り添う獣の頭に手を乗せた。
「だいじょぶ。おかげさんで助かったよ」
「えへへ…」 
 褒められて、ヒョウは得意げに尾を振った。
「そーいゃ、そいつもいたんだっけな」
 と、少年。不敵な笑みを浮かべつつ、こちらを睨みつけてくる。
「チビスケの分際でやってくれるじゃねぇか……こんなガキでも一応従属種ってことか。薄紫の魔物の使い魔――っうわけだなぁ?」
「ちがうっ!」
 ヒョウが呻り声を上げた。
「――ぁん?」
 と、少年。
「何だよ、ガキじゃねぇてのか?――どっから見ても、役立たずのチビ犬だぜ。ガキ!」
「ちぃーがぁーうぅーっ!」
 と、ヒョウ。
「にぃーちゃん、『まもの』じゃないもん!」
 獣の姿であるため、表情を推し量るのは難しいが、間違いなく本気で怒っていた。
 まだ短い四肢を踏ん張り、鬣を逆立てて威嚇の姿勢をとっている。
「へぇー」
 と、少年。
「そいつにはずいぶん懐かれてるんだなぁ?」
 感心したように言うと、ノースに、意地の悪い視線を向けた。
「――ほかの人間には、目の敵にされてるのにな」
「まぁね」
 と、ノース。
「動物には好かれるんだよね……どーゆうわけか」
 言いつつ、ほぼ真下に横たわる凶器を、左手で拾う。
 少年の皮肉にも動じた様子は全くなく、むしろ楽しげな口ぶりである。
 そして少年の剣を右手に持ち替えると、ノースは首を傾げた。
「そんなことより……今さら確認することでもないけどな……お前さ、あのリリスとかいう化け物女の手先だろ? 化け蛇じゃあるまいし、あんたらのターゲットってバランゲルの王女さんじゃないのか?」
 その言葉に、少年は両手を投げ出して「やれやれ」といったポーズを作った。
「本当ならそれで良かったんだけどな。ラムバーダン人なら、少なくても俺たちの敵になるこたぁねぇし……もともとオレたちと、あんたらラムバーダン人とは、利害は一致するだろ?」
「利害が一致?」
 ノースが繰り返すと、少年は相槌を打つ。
「そうさ。立場は違えど、王侯貴族どもに恨みがあるってのは同じだろ?」
「……恨み、ねぇ……」
 はぁ――とため息のようなものを吐いて、ノースは苦笑した。
(根本的に考え違いなんだよなー)
 しかし、少年の方は、その笑みを肯定の意にとったらしい。
 少し困ったような表情になると、一方的に言葉を続ける。
「それが何の間違いか、あんたがレイダックを殺ってくれたもんだからよ。事情が変わってきちまってさ。あれでも一応、参謀だったしな。それで、これ以上放っておくわけにはいかねぇってことで、このオレに出番が回ってきたってわけさ」
「ふぅ――――――――――――ん」
 と、ノース。むやみに長く、息を吐き出す。
「で、殺す? お前が? はぁー、そう。そうなんだ……」
 語尾の方はほとんど上の空――吹き出さないように堪えるので、手一杯であった。
 それでも、なんとか表面上は平静を保っていると、なおもその表情に勘違いをしたのか、少年が真面目な顔で頷いた。
「そうだ。それが俺の役目だからな」
「へぇ。それはそれは、大層な決心なコトで……」
 言いながらノースは、ふと――つい先刻の少年の顔を思い出していた。
 それは自分を殺そうと、少年が剣を振るう瞬間のこと――、
 彼の目は、固く瞑ざされていた。
 小剣を握る、その手も震えていた。
 それらをノースはしっかりと見ていた。逆を言えば、その間彼はずっと目を開けていたことになる。
 ともかく、その時の少年と、今あらためて殺しの誓いを立てる少年と、なにか変わったようには見受けられなかった。
(無理なことはするもんじゃないよ……)
 ノースは微苦笑を漏らし、そして、やたらニッコリと微笑んだ。
「――まぁ、頑張んなさい」
 その、おおよそ殺されかけた――もしくはこれから殺されるかもしれない――人間の態度とは到底思えない反応に、少年は思わず気勢を削がれた。
(コイツ、自分の立場ってもんが分かってねぇんじゃねぇか!?)
 まさかその『自分の立場』をちゃんと理解してないのが、自分のこととはまるで気付いていない。
 そういう意味でも、彼は少年であった――結局は、自分とそのまわりとの『世界』しかない未熟な子供にすぎない。
 まあ、彼が純粋に子供だった故、命令された人殺しを何の疑いもなく実行しようとするのだろうが……。
 どちらにせよ、そうなると相手がどれだけ剣術に長けていようが、自分より機敏に動こうが、ノースには一切関係がなくなった。
 あとはただ、土塀を切り崩すだけである。
「――ところでな、ひとつ大事なこと訊くの忘れてたんだが」
 ガラリと雰囲気を変えて、ノースは無造作に言い放った。
 右手の剣を、手持ち無沙汰にクルクル回しながら、比較的強制力を持たせた声色で訊ねる。
「答えてくれるか?」
「な、なんだよ」
 と、少年。唐突な、しかも今までとは違う強い調子に面食らったのか、一瞬ビクッとする。
「……言っとくがな……俺の口を割らそうなんて、考えても無駄だぜ」
 棘のある口調で言いながらも、腰が引けていた。
「あー。いいから、いいから」 
 ノースは手を振って少年をなだめると、ピヨっと人差し指を立てた。
「お前さ、名前は?」
「――は?」
 目が点になる。
「だ・か・ら・さ」
 と、ノース。
「お前の名前はなんて言うのかって、聞いてんだよ」
 言いつつ――くだけた表情に戻って――首を傾げる。
「悪いんだけどね。ちびーっと、自己紹介してくんない?」
「な――――!?」
 このセリフで、少年は完全に混乱した。

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