episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 6 王女に真実を、少年に鳩を (4)
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「!?」
 音もなく、熱もない――光があったのは一瞬だった。
 それこそ瞬きするほどの間である。ただ、発現時間はどうあれ、紅い光というのは解せなかった。なにしろ紅いだけの光など、自然には存在しないのだから。
「なんだ?」
 ノースは訝しげな表情で、光りの発生源――すなわち中心街――に視線を向けた。すると、微かではあるが、〈女神の広場〉の辺りにうっすら光の残像が残っているのが見えた。
「あれは……?」
「――母上だ」
 と、デフリー。ノースの疑問に、間髪を入れず答える。
「は?」
 今度はノースの目が丸くなった。
「何だって?」
「母上が――いや。リリスが、正体を現したのさ」
 ノースが視線を戻したところで、デフリーは淡々と言った。
 うなだれたままなので表情は分からない。
「今頃、めでたくガルーダの巫女を捕らえた、ってトコじゃねぇかな?」
「それじゃあ今のは……ってまてよ?――ってことは、あの化け物女が、お前の母親なワケ!? マジで?」
「さぁな……」
 と、デフリー。
「オレだって、本当のところはよく分らねぇんだよ」
「ふぅん――ま。そんなことはどーだっていっか……」
 ノースは腕組みをすると、鼻から長々と息を吐き出した。
「――となる……と、こりゃひょっとして手遅れってやつ?」
 まいったね。と言いながら――しかし特に慌てた様子もなく――再度〈女神の広場〉の方に目をやる。実際、困ってるようには全然見えない曖昧な表情だった。
 その横顔を、これまた不可思議な表情で見つめてから、デフリーは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「残念だったな。これでてめぇの苦労も全部無駄ってわけだな」
「お前がエラソーに、言うことかね?」
 本人にとっては、せめてもの攻撃だったのだろうが、ノースは笑って流した。そこへ、
「ね〜、にぃーちゃん。どーすんのー?」
 ヒョウが明るい口調で訊ねながら――おそらく事態をまるで理解していないのだろう――足下に寄ってくる。右前足でノースの足をカリカリと掻くと、何やら催促するように、ジッと顔を見上げた。
「ん……どうしようか?」
 さっきと全く同じ言葉を、全く同じ声色で呟いて、ノースは首を傾げた。おもむろに屈み込むと、金色の毛並みに手をやる。
「……仕方ない。助けに行きますか」
「わーい、わーい!」
 ヒョウはニコニコしながら、尻尾を盛んに揺らした。
 やっぱり状況を把握していない。ただ単に、抱っこされてご満悦なのであった。
「いこー、いこ〜」
「待てよ」
 と、デフリー。
 ノースに――というよりその腕の中にいる動物に――目を向けると、キッパリと告げる。
「あそこにはもういないぜ」
「だろうね」
 頷くノース。やはり動じる様子はなく――それがますますデフリーを陰鬱な気持ちにさせた。極力目を合わさないようにして言う。
「――もう手遅れさ」
「そんなことないだろ?」
 と、ノース。こともなげに言う。
「ここに行き先を知ってる奴がいるし」
「それも計算の内かよ?」
「ま。そーゆーこと……かな?」
「ちっ――」
 と、デフリー。唾を吐いて、そっぽを向く。
「全部てめぇの思い通りって感じだな。気にくわねぇぜ」
「でも」
 ノースは――ヒョウを抱いたまま――しゃがんで、デフリーを覗き込んだ。優しい目で。
「教えてくれるんだろ?」
「あぁ。教えてやるよ」
 と、デフリー。
(どのみちオレは負けたんだからな)
 皮肉げに胸中で毒づいてから、素直に口を開く。
「リリスは、〈もうひとつの女神の神殿〉にいる――人々に忘れられた女神の、最期の居場所にな――ここから海岸に沿って北に行けば半日もかからねぇ距離さ。多分、お姫さんも一緒にいる。そこでお前が来るのを待ってると思うぜ。でもな――」
 そこでいったん言葉を切って、デフリーは首を振った。
「やめとけ。わざわざ殺されに行くこたぁねぇだろ?」
「そりゃあね」
 と、ノース。
「でも。見殺しってのも、やっぱ後味悪いしね」
 ヒョウを降ろして、ゆっくり立ち上がる。狼犬の少年はなおも物足りなさそうにすり寄ってきたが、ノースはそのおねだりを無視して、そこらに散乱した衣服――もちろんヒョウが脱ぎ捨てたものである――を拾い始めた。やはり放置されたままの子供用リュックを拾い、その中に押し込む。それをヒョウにくわえさせると、最後にナイフと小剣を手に持ってデフリーに歩み寄った。
「ほい」
「あ、あぁ……」
 無造作に凶器を差し出す手に面を食らいながらも、それを受け取る。
「じゃあ、行くから。もう追いかけてこないでね」
「あぁ……」
 デフリーは言われるままに頷いた。
「あと、俺達をネタにして人間をからかうのもやめろよ。この国の連中には効果が強すぎる」
「………………はい」
 俯く。
「あぁ。それから――」
「……?」
 デフリーが顔を上げたところで、ノースは軽く頭を下げた。
「ありがとう。感謝するよデフリー」
 それだけ言うと、クルッと背中を向けた。後はもう振り向きもしない。
 その後を――こちらは何度も振り返りながら――ヒョウが追いかける。
「………………」
 その後ろ姿を、デフリーは呆然と見つめていた。
 遅くもなく――かといって速くもなく――離れていく、ふたつの影。間違いなく緊急事態のはずなのに、緊迫感の欠片もない。
「――あ、そうだ。荷物も取りに行かないとならないなー。でも、さすがにこのままホテルに行ったらやばそーだし……。どうしようかねー」
「どーしよっどーしよっ♪」
「しょうがない。ヒョウ、お前取ってこい」
「は〜い!」
「じゃ。まず、戻って服着ろ」
「はいは〜いっ……」
 呑気な会話が遠ざかり――、
 二人が完全に見えなくなってからも、デフリーはしばらく立ち上がれなかった。

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