episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 7 アナザー・オブ・ガルーダ (1)
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「ここ、か……」
 ほとんど自分に言い聞かせるように呟くと、ノースは目の前に聳える建物を鉄柵越しに見上げた。
 その手には〈女神の杖〉が握られている。
 女神の片割れ、王家の至宝……謂われはともかく、彼にとっては事の発端となった曰く付きの代物である。同時にただの杖でもあった。宝石も黄金もない、三つの刃を持つ棒――槍とも言うが――何にせよ、こんな物騒な錫杖を女神が常に手にしていたのならば、間違いなくガルーダは戦神であろう。乱世の象徴とも言える叛乱も、むしろ起こるべきして起こったことなのかもしれない。
 杖は、沈みゆく夕日を浴びて金色に染まっていた。
 同じように、ノースの体も髪の毛も、そして後ろにチョコナンと座る一匹の仔狼の毛並みも、深紅金の色に変わっている。ただひとつ例外があるとすれば、それはノースの双眸であった。紫外線に近い範囲のみを透過するその物体は、赤い夕日の色を反射することはない。それだけがいつもと同じ薄紫色のままだった。
「そうだよ。ここから、おねぇちゃんたちのにおいがするもんっ」
 地面をフンフンと嗅ぎながら、狼犬に変身したヒョウが頷いた。
 獣の姿になっているので、表情の変化は乏しいものがあるが、明るい口調は相変わらずである。それはちょっとした腹話術か、あるいは俳優吹き替えの動物映画を連想させた。
「うん! やっぱり、おねぇちゃんのいいにおいがするよ」
 人間語が達者な仔狼は、考えようによってはかなり問題があるセリフを嬉しそうに言うと、ノースを見上げてくる。
「にぃーちゃんもかぐ?」
「嗅がない」
 あっさり首を振るノースである。
 この子供との付き合いはまだ数日だが、こんなやりとりはすでに数百に達している。ほとんど条件反射と化していた。
 それでも周りをくるくる回るヒョウを見ていると自然に頬も緩む。
 ノースは目を閉じて俯き加減に嘆息すると、卒塔婆のように立つ建物に視線を戻した。
 建物は極めてシンプルな造りの洋館で、ごくごく一般的な佇いをしている。神殿と言うより上流階級者の屋敷といった感じで、なんとなくあのレンゲル邸の門前にいるような錯覚にも陥るが――まぁ、変わり者の住処など、結局はどれも同じようなものかもしれない。
「本拠地……か。それにしちゃ、庭の手入れとか全然行き届いてないみたいだね」
 門と建物の間を見て、小首を傾げる。
 いわゆる庭なのだが、植木や雑草が勝手放題に伸びまくり、ちょっとしたジャングルになっている。仮に、庭を忍んで裏手に回るとしたらかなり骨が折れそうであった。もっとも、枝葉や蓑虫が引っかかる藪の中に入るなどもとより却下であるし、門から玄関先までの約三十メートルの直線上は、綺麗サッパリで草一本すら無かったのだが。
「やっぱし正面から来いってことか? ホント、手間が省けて助かるね」
 ぼやきつつ、蛇の飾り彫りが施された鉄枠に手を掛ける。
 これが魔王の宮殿なら、まず城門には鍵、それから通路には落とし穴と相場が決まってるが、そのどちらも見当たらない――見張りすらいない――まわりは、まるで幽霊屋敷のように静まり返っていた。
「……やーな雰囲気だね。これで雨でも降ったらまるっきしホラーだな」
「ユーレーでる? でるっ?」
 なにやら楽しそうに訊いてくるヒョウに、
「そんな可愛げがあるもんならいいんだけどな」
 ノースは苦笑いを返すと、両開きの鉄枠を押し開けた。
 門扉は、絶えず潮風に晒されているためかなり腐食していたが、錆び付いてるわりにはすんなりと動き、進路を解放した。
「わ〜い、あいたー、あいた〜!」
 途端に、ダッシュで敷地内に駆け込んで行くヒョウ。地面に鼻を擦り付け、茂みに首を突っ込む。ついでに、格好つけの匂い付けまでしていた――完璧なまでの犬っぷりである。
「にぃーちゃ〜ん! はやくぅ、はぁ〜やぁ〜くぅ〜」
 鼻面を真っ黒にし、パタパタと尻尾を振る。
「はぁ…………」
 最後の緊張感――たいして重くもなかったがそれなりにはあった――が、見事なまでに崩壊していく様に、ノースは目眩を覚え深々と肩を落とした。しかしそれもいつものこと。すぐに気を取り直すと、逆光に沈む建物、あるいはその奥にいるであろう館の主に向かって、形式張った一礼をして見せた。
「そんじゃ。ま、お邪魔させて頂きますかね」

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