episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 7 アナザー・オブ・ガルーダ (2)
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「――ラムバーダンが侵入してきました」
 その報告に、リリスは会心とも言える笑みを浮かべた。
「ほぅ。やはり来たか……ふぅむ」
 満足げに目を細めると、優雅な動作で黒髪――無数の蛇である――に手をやる。
 蛇達は、白い指に絡み付きシュルシュルと声を上げた。その一匹一匹をあやし、ひときしり撫でてから、リリスは初めて眼前の人物に目を向ける。
「――して、デフリーはどうした?」
「所在は不明です。おそらくは殺られたものと思われます」
 戸口のところで平伏したまま――長身の兵士が淡々と答えた。
 二十代半ば――ちょうどリオルと同年代――の青年である。長い黒髪を床に垂らし、髪と同じ色のマントを纏っている。太い眉毛と、頬を走る傷跡とが、引き締まった容貌に精悍さを加えていたが、あまり開こうとしない瞼と、鑞のように白い肌が、彼を必要以上に病的に見せていた――それでも十分に美男ではあったのだが。
「どのみち、奴には荷が重すぎた――ということでしょう」
 青年は俯き加減に軽く顎を引き、視線のみをリリスに向ける。この姿勢だと、否応なしに自分の髪の毛を咬んでしまうが、彼は顔にかかる前髪を除けようともしない。片手を胸に当て、片手を床に着き、完璧な〈忠誠ポーズ〉を取り続けている。
「力を失っているとはいえラムバーダンです。デフリーごとき半端者では、初めから相手にならぬことは明白です。母上もお人が悪い……弟も、今頃冥土で嘆いていることでしょう」
「フッ……そう噛みつくな。私とてお前のことを安く見ているわけではない。しかし、そうなるとだ……数分もすれば、この私の礼拝堂にまでやってくるな」
「然り」
「ふむ……」
 リリスは頷き、おもむろに――クルリと首を巡らすと、背後に視線を転じた。
「だ、そうだ。気分はどうだ? 巫女殿」
「……いいわけないでしょ」
 と、レナ。上目使いにリリスを睨むと、これ以上ないほど陰険な声音で呟いた。
「こんな所に連れ込まれて……おまけに、こんな固い椅子に四時間も座らされてれば、気分も滅入るわよ。せめて、このロープを外してから言って欲しいわねっ」
 言いながら、苛立ちも顕わに体を揺さぶる。しかし、実際にはほとんど動かすことは出来なかった。彼女の言葉通り、椅子に座らされ、縛り付けられている。自由に動かせるのは首から上に限られていた。そのためか、普段の倍以上に口はよく動く。
「だいたい何よ。礼拝堂ですって? ここが? ただの襤褸小屋じゃない! それに礼拝堂なら女神の像が飾られてるはずだわ。でも何よ! ここにはガルーダのレリーフのひとつだってないじゃない! これのどこが礼拝堂だって言うの?」
 機関銃のように捲し立て、瞳に怒りの炎を燻らせる――比喩でも何でもなく、彼女の周りには燭台が立てられ、小刻みに揺らぐ蝋燭の火が少女を照らしていた。
 その橙色の光が、いつもよりも冴え冴えと金色の双眸を輝かせる。
「そうね、そうよね。礼拝堂だわ! ステンドグラスもあるし、祭壇だって立派なものだわ。埃だらけだけどね! それに吹き抜けの礼拝堂なんて、なんてオシャレなのかしら? 天井がないだけなんだけどねっ! あぁ、お月様が綺麗に見えますこと……って、もう夜になるじゃない!」
 苛立った声を上げ、髪を振り乱す。
 一見、ヒステリーを起こしたかとも思えるが、彼女の心は極めて冷ややかだった。恐怖に潰されそうな理性を、叫ぶことで必死に保っていたのである。
「つくづく元気の良い娘だな」
 と、リリス。ククッと喉の奥で嗤う。もちろん、少女の元気さが強がりの産物であることは知れていた。
 ズルリ――と躰を引きずって向きを変えると、レナの顔を覗き込む。
「私の――と言ったはずだが? ここにはガルーダなど祀られてはいない。この私、リリスのために建てられた、私の礼拝堂なのだからな」
「あなたの礼拝堂ですって? あなたみたいな化け物に、誰がお祈りをするって言うのよ!?」
「言ってくれるな。これでも昔はガルーダより人気があったのだぞ? 王族どもが、あの恥さらしな女を王宮に迎え入れるまではな……」
「ガルーダ!? そうよ!」
 と、レナ。両手が自由なら、はたと打ったところだ。
「ガルーダはどこにいるの? ここにいるんでしょ!? 分かってるのよ! 繋がらなくたって、ガルーダとの交綱は生きてるんだから! 今すぐ逢わせて! ガルーダを連れて来て!」
「黙れ――」
 あくまで強気に見せるレナに、さすがに気分を害したのか――リリスは声を荒立てた。
「ガルーダ、ガルーダと……まったく煩い小娘だ。あまり騒ぐようなら、その男同様に今すぐ黙らせてやるぞ?」
 そう言って、紅い目をギラリとさせる。牽制以上の効果があった。
「アル……」
 途端に、レナは喚くのをやめた。
 目を伏せ、悲しげに睫毛を震わせる。
 リリスの視線の先――レナのすぐ足下には、二メートルほどの大きさの石像が転がっていた。
 石の大剣を構えて、今にも砲哮を上げそうな厳つい表情をした剣士の像。
 ――アルであった。
 大男は、物言わぬ石の塊となって、床にその身を横たえている。
「どうして……こんなことに……」
 そう言うレナ自身、決して五体満足と言うわけではない。
 彼女の両足――膝より下――は硬く強張り、麻痺状態にあった。
 アルの様に石化はせず、外見こそ『少し血色が悪いかな』という程度のものの、完全に感覚が無くなっている。自力では全く、それこそ指の先ほども動かせなかった。
「どうだ。私の邪眼の効き具合は?」
「ど……して……。なんで、こんなことが出来るの?」
「――どうしてだと?」
 リリスは首を傾げた。
 レナは、なんでこんなひどいことができるのか……と問いただしたかったのだが、どうやら別の意味に解釈したらしい。
「私は女神だ。この程度のことは造作もない――と言いたいところだが……」
 頭を振る。
「セーマでなくなった今は、せいぜいこんな物質変換の真似事しか出来ぬ。合成体の容量では、これくらいが限界なのでな」
「――?」
 リリスの言ったことがよく分からなかったのか、レナは怪訝な表情をする。
 それを見て、リリスは失笑を浮かべた。
「実に恐ろしきは時の移ろいか……なんとも罪深いことよ、忘れられるということは……」
「……えっ、何なの?」
 リリスは明らかに落胆した様だったが、やはりレナにはその理由を知ることは出来なかった。
「あなたは何がしたいの? あの名前は忘れちゃったけど、昔王宮にいたっていう人の復讐? そのためにクーデターを起こしたの?」
「ふふふ……いいや」
 と、リリス。未だ失望の様相を崩してはいないが、それよりもレナの反応が面白くて仕方がないようである。唇の輪郭をなぞるように指を走らせ、ひくつく頬を押さえつけた。
「クーデターなぞ、所詮、陽動に過ぎんよ。私はガルーダを女神の座から引きずり降ろせればそれでよかった。まあ……お前たち王族を気に入らぬというのも確かだがな」
「!?――じ、じゃあ。ついででクーデターを起こしたって言うの!? そのためにどれだけの人が犠牲になったのかも知らないでっ!? そんなの勝手過ぎるわっ!」
「勘違いしてもらっては困るな……。私は別に叛乱を仕向けたわけではない。あくまで人間どもが自らやったことだ」
 鼻から息を吹き、リリスは顔から手を離す。浮かべる笑みは、嘲りのものへと変化していた。
「――それに、勝手と言うが、お前たち王家が自称する『統治』とやらも、十分勝手なものなのではないのか? 王家の統治に不満などなければ、わざわざクーデターを起こそうなどと考えまい? ラムバーダンと会ったお前なら、もうその矛盾に気付いているものと思ったがな」
「そ、それは――」
 そう言われて、レナは口を噤むしかなかった。
 たしかに――リリスの言うとおり――彼女自身も、王家の在り方に疑問を抱いていたのは確かだ。
 そして、王家が健在だったころは、漠然とした遠いイメージでしかなかったものが、つい最近はっきりした。
『自分たちに添わない者を排斥してまで、王家は存在する価値があるのだろうか』
 その問いは、彼女の心に刺さったまま、溶けることがない氷柱となって残っている。
「もしかしたら……」
 ふと、レナは言葉を漏らした。それは、人の上に立つ者としては、安易に認めてはならない言葉だった。
「間違っているのは私達の方? でも、あなたはラムバーダン人は危険だって言ったわ。お父様たちと同じように……それって何なの? どういうことなの?」
「だから、それをこれから教えてやろうというのだよ」
 リリスはニヤリとし、やおら、背後に控える兵士に目線を振った。
「よし。丁重に迎えてやれ」
「御意」
 兵士は――終始畏まったままであったが――それを合図にし、静かに立ち上がった。
 ふわりと長髪が揺れ、腰に帯びた長剣が、カチャリと音をたてる。
 レナの顔色が――今までも良いとは言い難かったが――劇的なまでに青ざめた。
「何するつもり!?」
「せっかくご足労願ったのだ、ただお通しするというのも退屈であろう?」
「やめて! 彼は私たちとは関係ないでしょ!?」
「――関係ない?」
 一笑に付す、リリス。
「関係あるとも。彼奴がラムバーダンである以上、私とも因縁は深い」
「どうして!?」
「私も、ラムバーダンだからな」
 そう言ってリリスは、半分抜け落ちた天井に描かれた、やはり崩れて原型を留めていない壁面画を見上げた。狂気の中にもどこか哀愁が漂う瞳で。
 つられて、その表情を見つめていたレナも、天井へと視線を向ける。
 ポカンと口を開け放したまま――正確には、パクパクと無音で開けたり閉じたりしていたのだが、どちらにしても正常とは言い難い――瞬きもせず、ただ一点を見遣っている。
 星が瞬き始めた、夕闇の空を。
 もしくは、彫像の如く美しい横顔を晒す女神を。
「奴は私たちを消しに来たのだ。同じ魔物である私と、ガルーダをな……」
「………………」
 長髪の兵士はもういない。正八角を象る小堂、その一面を担う両開きの扉から退出を済ませている。僅かに、黒地にはためく紅い色だけが、レナの視界をかすめた。
 ともあれ――、
扉が閉まり軽く音を発てるのと、レナが惚けた声を出すのとは、全く同じタイミングだった。

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