episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 7 アナザー・オブ・ガルーダ (4)
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 はるか後方から鈍い音が聞こえてくる。刃物と刃物が擦れ合った時に発生する、独特の金属音だ。
「だいじょぶかなぁ?」
 軽い足音と盛大な埃を立てながら、ヒョウが背後を振り返った。夜光を反して、赤から緑へと色を変化させている瞳――その中に大小ふたつの人影を映しつつ、心配そうに呟く。
「てじなのにーちゃん、あのくろいにーちゃんにやっつけられちゃわない?」
「さぁなぁ」
 と、ノース。
 すでに、追われることが無いのを悟って、走るのはやめていた。
 せいぜいが早歩き、だが一定の速度を保ちつつ、闇と埃に包まれた廊下を一直線に進む。
 ヒョウの言葉につられ、一度だけ背後に目をやるが、すぐ引き戻すと無造作に返答する。
「正直難しいとこだけど、まあ平気だろ。あいつは死のうと思ってるわけじゃないし、昼間みたく妙に張り切ってるでもないからな。それに――」
「それに〜?」
(あのキザ男にも、弟を殺せる度胸は無い)
 そう言おうとし――だが、自分に向けられた幼い視線が正論を求めてないことに気付くと、わざわざ言葉を選んで、その先を軌道修正した。
「――誰だって痛いのは嫌だしな。大丈夫だよ、多分」
 痛くなければいい……というわけでもなく、端から答えにすらなっていなかったが、それでも小さな狼犬は納得したらしい。
「そーだよね。だいじょぶだよね!」
 頷く代わりにパタパタと尻尾を振る。自分の期待した返答が得られた嬉しさからか、ヒョウは一気に速度を上げると、跳びはねながら先へと駆けていった。ピッチと共に、捲き上げられる埃の量も倍になる。
 積み重なるほどに厚く、それでまたわずかな湿り気すらある雪のようなもの――一瞬にして視界を埋め尽くした埃塊に再び表情を曇らすが、ノースはそれをもう払おうともせず、そして開いていく距離を詰めもせず、同じ速度のまま奥へと歩を進める。
 もっとも、詰めるまでもなくヒョウの方が時折踵を返しては戻ってきていた。しばらく周りをウロチョロしたかと思えば、また進路を確保するかのように先走っていく。
 片や、ペースを守っての確実闊歩。片や、非効率な往復運動――それを何度か繰り返し、三百メートルほど進んだところで、ようやく前方が開け、違う景色が現れた。
 中庭へと続くテラスと、その先の枯れた庭木に隠れるように佇む小堂。
 噂の礼拝堂であろう。聞いたほど分かりにくくも、かと言って呼び名ほど立派でもないが、白石を積み上げた外壁と飾り硝子に縁取られた姿は、明らかに他と違っている。近視で乱視の上、それ以上の難もあるノースの眼でも、それを認識するのは容易かった。
 礼拝堂は、荘厳な雰囲気を四方に放っている。
 ただ、あたりを覆う夜気さえも重々しいのは、神聖な場所として造られた建築様式のせいばかりではない。堂自体からドロドロとした異様な空気が湧き出ているのだ――むしろ、周囲の闇がそこから発生しているかの如くに。
「まったく……」
 廊下の終わりで足を止め、開け放たれたままの戸に手を付くと、ノースは嘆息した。
 ようやく霧の中から解放されて、心底オーバーに肩で息を吐く。それで出来た小さな気流が、そこらかしこに付着した夜霧の欠片を、また舞い上がらせた。
「少しは隠そうとかないのかね。丸分かりもいいとこだろ……」
 全て分かるというほどノースは気配の類に鋭敏ではなかったが、それでも堂の内側から滲み出てくる存在感は覚えがあるものだった。まだ数十メートル以上離れているにもかかわらず、すぐ目の前に居ると錯覚するほどの気配――そして、その中に贄のように在るもうひとつ。
「どっちもご健在のようで……」
 あきらめと、覚悟と、少しの後悔。あと、なぜか安堵のようなものも混じらせて、ノースはもう一度だけ深く息を吐いた。
「――やるか」
 特に意味もないが、〈女神の杖〉を右手から左手に持ち替える。景気付けがてらに床を突くと、庭と廊下とを繋いでいる石段に足を下ろした。
 壁も天井も、遮るものが無くなって、宵闇がまともにのし掛かってくる。東から降る月の光に至っては、刺すほどに強くなっていた――満月も過ぎ、むしろ光が消える〈扉の日〉に近いというのに、まるで遠慮がない。さらに、前方からは、夜より濃く月光より手痛い闇まである。
 それでも、埃に圧迫されていた廊下に比べれば、風が流れる屋外は遙かに快適で、自然と足取りも軽くなった。
 気楽な歩調で石段を降りていく。
 が――。
「?」
 数歩も行かないうちに止まると、自分の足跡をなぞる様に後退し、始めの位置に戻った。
「にぃーちゃん、どーしたの?」
 早くも庭に突進していたヒョウが、慌てて引き返してくる。
「ん……ちょっとな」
 ノースは、わずかに顔を顰めて考え込むと、ふと右側に目を向けた。
 そちらにも廊下が続いている。しこたま進んできた中央廊下と直直に交差する通路。
 ここまでに四回、同じ様な交差点を通り過ぎているが、それと変わりない普通の廊下である。
 左右に等間隔で扉が並び、突き当たりにも扉がある。その全てが客室で、訪問者に一夜の寝床を与えるためだけに作られた小部屋であることはすでに知っていた――もちろん、始めにいくつか開けてみたからである。開ける度、埃と蜘蛛の巣に襲われることに辟易し、途中で止めていたが、扉の造りと配置からして、中が同じであることは想像に容易い。
 全て同じ造りの廊下――違うのは、これが最後に交差するものということだけだ。
 次に、左側を見る。
 やはり左右には扉。そして突き当たり……。
「……まさかなぁ」
 眼を細め、首も傾げるノースである。
 左の奥に扉はなく、行き止まりの壁になっていた。
 そして、そこにたどり着くまでの床には埃が積もっていない。
「ねぇ〜、にぃーちゃんどーしたの? ねえねえねぇ〜?」
「はいはい」
 擦り寄る仔狼を退かしながら突き当たりへ近づくと、ペタペタと指先で壁を探る。
 漆喰の白壁はひんやりと冷たい。ただ、それだけだった。
 たくさんの手形が残るのみで、期待したものは何もない。当然、右手は真っ黒になる。
 それを嫌そうに払うと、ノースは壁を背にし――背中が黒くなるのでもたれはせずに――嘆息した。
「やっぱし、行き止まりに隠し部屋ってのは、安易か」
 たはは……と苦笑すると、〈女神の杖〉を両手で持ち直し、刃にも似た穂先をじっと見つめる。
 杖は、心なしかわずかに発光していた。
 片割れに反応しているのだろう。己の巫女と同じく、この地に囚われているはずの女神ガルーダ御大に。
 女神とその杖の間、そして、女神と王族との間――どちらにも関わりが無い自分の手にあってなお明確な反応を示す。それは〈女神がすぐ近くにいる証〉に他ならなかった。
 女神ガルーダと〈女神の杖〉、この二つを繋ぐモール・ラインが、圧縮され、鳴動しているのだ。恐らくは、数日前にレナが行ったモール強化の儀式が影響しているのだろうが、巫女も女神も不在のここに来てそれが現れるとは、なんとも滑稽である。むしろノースには確信的な所行に思えた。
 そう、女神ガルーダはここにいる。
 そして――わざわざラムバーダン人に見つけてもらいたがっているのだ。
 しかし、肝心な居場所がどうもハッキリしなかったりする。
「呼ぶとか叫ぶとかできないのかよ……」
 思わずぼやきも出るというもの。
 なお、『モール』とは物体の間に生まれる引力のことであり、『モール・ライン』とはモールを利用した伝線のようなものである。モールで繋がれた物体は同じ情報を共有するため、上手く使えば意思の疎通も可能となる。
 そんなものは空論だ――とはモールを感知できない人間の弁であるが、理論の正否はともかくモールは存在している。レナと女神ガルーダの関係が正にこれだし、ノース自身、常にモールを利用していた。
「わからんなぁ……相当近いと思うけど」
 首を捻って、杖を眼前から離す。
 次いで、まわりを嗅ぎ回る埃の塊に目線を向けると、駄目元で訊いてみた。
「何か匂ったりとかあるか?」
「ウン!」
 と、ヒョウ。埃まみれな鼻先を得意げに突き出してくる。
「いいニオイと、へんなニオイと、あとはおもろいニオイがするよ!」
「……オモロイ……ね」
 それが当たりなのだろう。もっとも、その先を期待出来そうにはないが。
「仕方ない……先に、あっちの女神さんと対面してくるか」
 そう言うと、再び中庭に進路を向けた。〈女神の杖〉で床を叩きながら、等間隔で歩を進める。
 カツン、カツン、トッ……、
「?」
 と――数歩行ったところで、再び足を止めた。
 振り返り、足元に視線を落とす。
 そこには燐光の様な瞳をキラキラさせ、期待に満ちた表情でこちらを見つめているヒョウ。
 ではなく、さらにその下――すり切れた絨毯があるだけだった。
 石突きに押さえられているところも、ノースの足が乗っているところも、そして、そのまわりも、違いはまったくない。
「ん〜?」
 一歩、後退して叩く。
 カツン。
 と、詰まった音が反ってくる。
 さらに数歩戻ったところで、また前進してみる。もちろん床を突きながら。
 カツン、カツン、トンッ、トンッ、トンッ、カツン……、
 途中の三歩分だけは音が軽い。
 転進してみても、叩く位置を変えてみても、やはり同じである。
 突き当たりから三メートル、そこから二メートルほどの間は、どこも軽い音になる。
「……いい手応えだねぇ」
「てごたえ?」
 目をパチクリとさせているヒョウに、「そう」と頷き返すと、
「こういうのって、大概は地下室ってパターンだからな――ほれ」 
 屈んで絨毯をひっぺがし、床板に納められたそれを掘り出した。
 凹凸が出ない様、巧みにカムフラージュされているボックス。そしてその中には、取っ手。
「ひっぱりタイプとは……これまた基本に忠実で」
 ニヤリとすると、ノースは、迷うこともなく取っ手を引いた。
 低い摩擦音を立て――だか動作の割には静かに――突き当たりの壁全体が床に引き込まれていく。
 壁の向こうには、ポッカリ開いた暗闇と、地下へ続く階段があった。
「あーっ! すごい、すごーい」
 ヒョウが、歓喜の叫びを上げて、階段に駆け寄る。
 ギリギリの所に立って内側を覗き込むと、ノースを振り返った。
「おもろいニオイ、ここからいっぱいするよ〜!」
 その報告に、ノースも破顔する。
 どうやら当たりを引いたらしい。
「じゃ、好きなだけ嗅いでていいぞ」
「わ〜い!」
 何がどう嬉しいのかは理解不能だが、ヒョウは千切れるほどに尾を振ると、臆しもせず階段に飛び込んだ。一気に地下へと駆け下りていく。
 その姿が完全に見えなくなってから、ノースは取っ手から手を離した。
 離すと壁が元に戻るのではないかとも思ったが、そういうこともなく、別の仕掛けが作動する様子もない。
 それを確認してから、立ち上がる。
 そして、右手――今や、外灯ほどにも光を増した〈女神の杖〉を左手でポンと叩いた。
「――でも、女神に『おもろいニオイ』って、ちょっとあんまりだよな?」

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