episodo-1 詐欺師と愉快な仲間たち!?
MEMORY 7 アナザー・オブ・ガルーダ (6)
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 両腕を広げるのと同じ幅の階段をキッチリ二十段降りると、踊り場を経て扉に突き当たった。二枚の鉄板が左右に開く、引き込み式の扉である。片端には錠も据えられていたが、封じられてはおらず、戸も半開きになっている――そもそも無惨に破壊されていて、使用は不可能な状態だった。
「おいおい……」
 思わず苦笑いになったのは、鋼鉄製の錠が握り潰されていたからではなく、その錠に刻まれた言葉に呆れたからである。
〈生け贄準備室にようこそ!〉
 一部削れて読めなくなっていたが、確かにそう書かれていた。
「そう言われて入りたくなる奴は居ないね」
 ノースは、今は無き――であろう――錠の制作者に向かってそう呟くと、〈女神の杖〉が引っかからない様にゆっくりと、斜めに傾いだ扉を潜って、地下室に足を踏み入れた。
 室内は、完全な暗闇で、今はノースが持つ〈女神の杖〉の放つ蛍光が唯一の明かりとなっている。深い闇と共に、生暖かく重苦しい空気に包まれていた。音もなく――ヒョウの、床を蹴る音と、しきりに嗅ぎ回る鼻息とが聞こえてくるばかりである。
 錠の但し書きにあてられた者ならば、これを生け贄の怨縛などと認識するだろうが、それほど繊細でない者ならば、それは、この部屋に天窓どころか換気口のひとつすら無いためだと理解するはずである。もちろん後者のひとりであるノースは、尻込みすることもなく、また杖の明かりに頼ることもなく、右から左に視線を走らせた。
 ほぼ正方形の、十メートル四方ほどの室内には、極めて用途が限定されている木箱がずらりと並んでいる。その全てに蓋が無く、全て空っぽであったが、全てに使用の痕跡があり、ここが名前のとおりの場所であることを物語っていた。それは壁面にも及び、どう見ても人間を拘束するためとしか思えない手枷足枷が、今は縛るものもなく所在なさげにぶら下がってる。
 一通りを陰鬱な顔で見回してから、ノースはあえて視野から遠ざけていた部分――真っ正面にようやく目を向けた。
 同時に、暗闇の底から不満げな声が上がる。
「随分と待たせてくれたものだ」
 いかにも尊大に言うそれは、若い女性のものである。
 幾分か低めの、凛として張りのある、なおかつ意志の強さを感じさせる声。
「逢い引きの時刻は、何を差し置いても厳守するものじゃぞ」
「そりゃ、どうも」 
 軽く首を傾けて、ノースは声の主に歩み寄った。
 近づくにつれ、杖からの光は増し、その風体を闇の中から引っ張り出した。
 肩に垂らした淡い緑色の髪。石膏の様な白い肌。長身と言っても差し支えぬほどの体格と、着衣の上からもなお優美な曲線を描く肉体。それに見合わぬ程の細い手足には、これまた似つかわしくない無骨な鎖が巻き付いている。
 そして、三つの金色の瞳が、ノースを見下ろしていた。
「久しぶりじゃな」
 女神ガルーダその人は、無様に宙に吊されても威厳を失うことなく、自信に満ちた目線を来訪者に投げかけた。
「五体満足なラムバーダンなぞ久方ぶりに見たわい。そなた、個体情報はすべて自前か?」
 不躾に問いに少し眉を顰めたものの、ノースは首を横に振る。
「お陰様で」
 薄紫の――こちらは二つの瞳で、女神を見返す。それは〈女神の杖〉からの光線に消されることなく敢然としていて、あるいは見るものに畏怖を与えるものだったが、女神は何かを感ずる様子もなく、目の端に笑みを寄せた。
「そんな目で見てくれるな。お互い脛に傷持つ身じゃ、仲良うしようではないか」
「……素直に、『助けに来てくれてありがとう』とか言えないのか?」
「そうじゃな」
 女神は頷き、
「『助けに来てくれてありがとう』……これで満足かの? 前払いしたのだから、それに見合うだけの働きはしてもらわぬとな」
 そう言って、ノースの手の中にある物体に一瞥をくれる。
「それにしても、妾の半身を手荒に扱ってくれたものだ。まあ、おいそれとへし折れるほどやわではないが、まさか、知っての行いでは無かろうな?」
「…………いンや」
 初めから知っていたわけではないが、途中からは確信的だった。
 上の空に答えるノースに、女神は意味ありげに目を細めると、動かせない指先の代わりに目線を振った。
「まあよい。ほれ、いつまで妾のしどけない姿を鑑賞しておるつもりじゃ。これ以上は見物料を支払ってもらうぞ」
「はいはい……」
 意図するところを悟り、ノースは〈女神の杖〉を握り直して僅かに腰を落とした。
 そして、溜めたばねを一息に吐き出すと、その勢いのまま、女神を宙に繋ぎ止める拘束具に杖――むしろ槍とするほうが適当だろう――の先端を叩き付けた。
 が――、
 穂先が届く手前。何かに遮られて、それは易々と弾き返された。予期せぬ障害に危うく転倒しかけるが、なんとかバランスを失わずに済み、踏み止まる。
 杖を引き戻し、息を吐くと、谺を残す金属音に乗せて、無下に言う女神の声が浴びせられた。
「無駄じゃ。妾の回りは封じられておる。先にこれを取り払わねばどうも出来ぬ」
「……そのようで」
 先に言ってくれよ、と恨めしい声音で呟くと、〈女神の杖〉を床に立てる。
「で、どうしろと?」
「そなた、結界の仕組みは知っておるか?」
 問いに問いで返され、いささか憮然とするノースであるが、素直に頷いた。
「……一応は」
 一口に結界と言っても、その種類は様々である。焚いた粉や煮た湯を撒き魔除けとする呪いに過ぎないものから、実際に壁を作って遮るものまで――ただし、正しく結界と呼べる代物はひとつしかなかった。物体同士を繋ぐモール、それを固定することで結びとし、縛られた物体が並ぶことで境界とする。早い話、大気に存在するモールを固めて動かざる壁を作り上げているのである。能力というより技術に附属するもので、もともとはラムバーダン人が生み出した業であった。もっとも、知識として大体が流布しているだけで、実際それを行える者は人間には不在であったし、正しく仕組みを理解する者も皆無――ラムバーダン人の衰退と共に捨て置かれた現象であったのだが。
「どっちにしても、俺には出来ないけどね」
 ノースがぼやき半分に言うと、女神は鷹揚に微笑んだ。
「構わぬ。元より、居もせぬセーマの御業などあてにしてはおらん。解除の手順は妾が踏む。だが、いかな妾とて、封じられた向こうには手は届かぬでな」
「それをこいつで補うってわけか……」
 ポンと、蛍光を放つ杖の柄を叩いてみせると、なお満足げな表情を返された。
「うぬ。飲み込みが早い子は好ましいぞ」
 顎をしゃくって床を示す。それは、手を離せ、杖から離れろ、という意思表示に他ならない。
「まずは妾と半身との容量を等しくせねばならぬ。そなたが気安く持ち歩いてくれたおかげで、汚れた情報が憑きまくりじゃ。それを落としてしまわねばな」
「悪かったな……」
 何処までも高飛車に言う女神を睨め付けると、ノースは指示されるがまま杖から手を離した。
 杖は奇妙なバランスを保ち、あっけない位に容易く直立する。
 同時に、煌々と放たれていた光が消え失せ、女神の姿は再び闇の中に沈み込んだ。周囲は完全な暗室となる。
「あいた!」
 後方で、ヒョウが小さい悲鳴を上げた。急に視界を遮られて、木箱に鼻先をぶつけたらしい。 暗視に優れると言っても、それは光源あってのこと。いかに狼犬の目を持ってしても、真っ暗闇を見通すことは不可能である。
「う〜ぶつかったよ……にぃーちゃーん。にぃーちゃんてばー」
「まったく……」
 心細げな呼びかけに思わずため息を吐くと、ノースはくるりと女神に背を向ける。
 足場に迷うこともなく、木箱をふたつ跨ぎ、真っ直ぐヒョウのところに行くと、次の要求を聞く前に抱え上げた。
 犬の仔にしては大きく、狼の仔にしては小さい毛玉は、何の苦もなく腕の中に収まり、見かけよりも硬めの毛皮の下からは、動物特有の高い体温と早めの鼓動とが伝わってくる。
 少し呼吸が荒くなっているのは、空気が悪い為だろう。入り口を除けば完全な密閉空間の地下室である。あまり長い間ここにいるのは良策ではない。
 再び、女神に視線を向けると、その胸中を知っているのか――あるいはもとより全て筒抜けであるのか――彼女はくすりと、まるで少女の様に笑んだ。
「そうは時間は取らせぬよ――そう、ほんの十分程じゃ。その仔犬にもさほどには障らぬて。悪いがそなたにはまだ手伝って貰わねばならぬからな」
 少し話をしよう、と促され、ノースはヒョウを抱いたまま木箱の縁に腰を下ろした。
「ここがどういう謂われで作られた場所かは知っておるか?」
「いや」
 あっさりと首を振る。
「かなり趣味が悪いのだけは分かるけどな。後は……そうだな、ここが〈もうひとつの女神の神殿〉なんつー名前だってことくらいか」
 ノースが言うと、女神はこくりと頷いた。
「ここは、あの胸くそ悪い性悪女の根城じゃ。昔――まだこの国をラムバーダンが統べていた頃、妾はこの地を支配するセーマと面識を得た。その時、横に居ったのがあの女じゃ」
「はぁ……」
 突然昔話を始める意図を計りかねて、ノースは首を傾げた。しかし、困惑する彼に構うことなく、女神は言葉を続ける。
「その頃、妾は病の床に就いておってな……可哀相に不治の病に侵されておってのぅ。それを哀れと思ったセーマが、妾に新しい身体をくれてな。それが今の身体というわけじゃ。ただ、残念ながら人の身体では病を祓うことは出来ぬ。本意では無いが、合成体とならざるを得なかった」
 そこまで言ってから、女神は微苦笑を漏らした。
「おかげで妾の半分はラムバーダンと同じになり、いみじくも『女神』に……セーマに成り得るだけの容量を手に入れたのだがな」
 からかうような色を投げかけられて、それが生まれながらセーマに成る資質を持つ自分に対しての当て付けであることを理解する。
 ノースは、再度、あっさりと首を振った。
「俺はセーマじゃない」
「今は――じゃろ? 同じ事じゃ。一度でも力がある己を知ってしまえば、もはや力のない己には戻れまい。とても満足などしておられぬはずじゃ。ましてや、魔王を冠したラムバーダンであるならなおのこと――」
 女神は息を切ると、深く深く、重りを吐き出す様な声音で呟いた。
「問題は、そのタコツボに嵌ったのがあの女ということじゃ……」
「ドツボ……ね」
 ノースの訂正にもなお苦々しく、うむ、と頷く。
「元は人間で、故あって、半端ながらセーマに近づいたのが妾なら、あの女は真逆――そう。あやつは元々がラムバーダンでありセーマであった。ただ故あってセーマである己を半分失った……分かるであろう? 例の災厄騒ぎじゃ。そなたも外体を割られたクチじゃろ?」
「…………」
 オチを振られて、ノースはただ無言で応じる。肯定も否定もしないでいると、好きな方に取られたらしい、勝手に話は進んでいった。
「力を得て合成体になった妾と、力を失って合成体になったリリス……似たもの同士というわけじゃ。妾とあの女は、同じセーマに目を掛けられたこともあり、ある意味友人の様な関係でもあった。ラムバーダンの破滅があり、そのセーマが絶えた後も、共に残された支配を保ち続けていた。民草は声を揃えて言ったものじゃ」
 一息空けて、言う。
「慈母レイミアの落とし子〈昼と夜の女神〉――と」
「レイミア?」
 ノースが鸚鵡返しに尋ねると、途端、女神はさも呆れた声を出した。
「まさか知らぬのか!? 数あるセーマ共の中でも、四極の長に数えられた方だぞ?」
「…………知らないな……悪いけど」
 少しムッとしつつも、素直に無知を認める。やや俯き加減に目線を落とし、間をごまかすべく、膝の上で半分ずり落ちていたヒョウを抱え直したりもした。
 そんなノースを見て、女神は首を傾げたが、特に追求することもなく話を本筋に戻した。
「うむ……だが、所詮はセーマを介した義理の絆じゃ。数年と持たずに、袂を分かつこととなったわい。特に、妾の外体とした合成体には致命的な欠陥があっての……それを補うべく人間に与するようになったのだが、あの女はそれがいたく気に入らぬ様子でな、ことあればなじられたものじゃ。まぁ、無理もないが……」
「無理もない?」
 ノースが視線をまた女神に戻すと、丁度ガルーダは目を閉じたところだった。
「あやつはそもそもがラムバーダン――人間を下位に見る立場じゃったからの。人を見守ることは出来ても、人の隣に立つのはプライドが許せなかったのだろうて」
 女神は大いに落胆した様で、聞こえるほどのため息を吐いた。結界に阻まれてか、その空気の流れがノースに届くことはなかったが、内包された重いものは、易々と彼の胸にも届いた。
「なるほどね……」
「オマケに、妾が憑いた人間が王にまでのし上がり、さらにラムバーダンを排除するようになった。すでにこの地にはセーマはおろかラムバーダンのひとりすら居なかったが、妾が王家の女神となり、セーマの痕跡やラムバーダンへの信仰が消えることは、すなわち二柱の女神の価値――そして、奴の存在を影へ押しやると言うこと。良い気分ではなかったはずじゃ」
「二人セットじゃなくて、リリスを信仰していた連中もいたんじゃないのか?」
 と、ノース。
「ここにしたって、リリス派の為にあるのは明らかだし」
「そうじゃな」
 頷く、女神ガルーダ。
「そのあたりは、結局、奴の気性の歪みが原因じゃろうな。妾とて慈善活動の無償奉仕ではなかったが、欲しい対価は表立って要求するものではなかった――表向き、人々にとって良き女神だったのかもしれぬ。その〈人間に都合の良い女神〉であった妾と、『信望』という私欲を得るべく女神を続ける奴……どちらが市民権を獲得するかなぞ、議題に上げるまでもあるまい」
「そうだな」
 今度は、ノースが頷いた。
「魔物を駆逐したバランゲル王家とその守護者ガルーダ――ものの見事に英雄&女神の図式だしな。対するや、正統なラムバーダンの一派……こりゃ、相当に分が悪いか」
「だからこそ、奴は妾を蹴倒そうと躍起になった。もっとも、それが女神としての心象を益々悪くしたのだがな。やがて〈昼と夜の女神〉は〈女神ガルーダともうひとつの女神リリス〉となり、終には〈アナザー・オブ・ガルーダ〉――妾の名のみとなった。人々の記憶から〈夜の女神リリス〉は完全に忘殺されてしまったというわけじゃ。後は……そなたが知っておることを適当に混ぜれば、それがことの顛末じゃ」
 投げやりにそう言うと、女神ガルーダはいったん口を閉じた。疲れた様に、数回深い呼吸をすると、目も閉じ、眉間に皺をよせる。どうやら一通り話し終えたらしい。
「まだ二分ある。何か質問があるなら聴いてやらんこともないぞ」
「そんじゃ――」
 ノースは立ち上がると、自分から女神に――より正確には、吊り下げられて動けない女神の、その回りに張られた結界ギリギリに――歩み寄った。もちろん胸にはヒョウを抱いたままである。狼犬の子供は、細く浅い息のみを繰り返している。限界ではないが、もはやここまでだ。
「ふたつ……訊いてもいいか?」
 そう言うと、〈女神の杖〉に片手を掛ける。彼の指先が触れると同時に、杖は再び光を取り戻し、辺りの深闇は少しだけ退いた。
 そして光は、ノースとヒョウ、ガルーダと、さらにその背後にいる存在を浮かび上がらせる。
「あれは誰なんだ?」
 両手が塞がってるため、顎で指し示す。
 部屋の奥――五つの雛段の頂きに、ポツンと椅子が置かれていた。
 決して『神聖』『壮麗』とは言い難いこの部屋にあって、それを垣間見せる空間――。
 それは、明らかに玉座だった。
 正しく玉座というものを見たことはなかったが、瞬時にそうだと理解したのは、その椅子が余りに分かりやすい造りであったのと、ちゃんと王が座っていたからである。
 冠を被り、外套を羽織り、杖を握っている。
 誰が見ても、それは〈王様とその椅子〉であった。
 もっとも、鎮座する人物は、とてもその機能を果たせそうには無かったが……。
 彼――あえて呼ぶならば〈彼〉だ――は、珍妙な侵入者に動じることもなく、声を出すこともなく、逆にこちら――ヒョウ――が感知することもなく、ただ静かに在り続けていた。
「うむ……」
 ガルーダはチラリと背後を見やると、ノースに視線を戻し、逆に質問を返した。
「誰だか分かるか?」
 ノースはしばらく考えてから、解答を示した。
「……もしかして、噂のガーデン御大か?」
 だが、女神は首を横に振る。
「そうとも言えるし、違うとも言えるな。いや……そう、今はあやつがガーデンじゃな。名があるとするなら、リチャード・ファルブラズ・ルアード=ガーデンとでも呼ぶべきか」
「リチャード・ファルブラズ……て――」
「もはや、見ての通りの屍じゃ」
 ノースの言葉をわざと遮る様に、ピシャリと言い放つ。
「まだ外体は死にきってはおらぬが、内体は死んでおる……元々腐っておったからな、朽ちるのも早いと言うことだ。分かるか? もはやここには誰も居らぬのじゃ」
 それは、察せよ、二度と口にするな……という強請だった。
 女神に釘を刺されたところで、それに従う必要など無かったが、ノースはそれ以上は追求せず、素直に頷いた。ただ、ひとつだけ〈独り言〉として付け加えておく。
「往年の盟主とやらも、ミイラになっちゃあどうしようもないな……出てこられないハズだ」
「――十分経ったぞ。」
 女神は、〈独り言〉に顔を顰めると、大儀そうに尋ねた。
「もうひとつはなんじゃ?」
「あんたの外体の『致命的な欠陥』って?」
 言いながら、ノースは数歩下がるとヒョウを床に下ろし、〈女神の杖〉を両手で持ち直した。
 杖は、先ほどとは違う色の光線をまとっている。同じくして、女神もその色を放っていた。
 水面に映る陰影の様な……碧の霧にも見える淡い光。神々しくも、禍々しくも見えるそれは後光にも似ていて、女神を飾るに相応しく思えた。
「その話をするには時間が掛かり過ぎる。ここから出た後にでもいくらでもしてやるわい」
 言うなり、女神の姿は碧の霧の中に融け込んだ――いや、形が変わる。
 ジャラリ……と、拘束していたものを失った鎖が、天井から力なく垂れ下がった。 同時に、紗の衣が床に落ちる。
 再び霧が晴れた時――女神ガルーダの姿は消え失せ、代わりに、人の輪郭から抜け出た碧の鳳がそこにあった。
 碧の巨鳥――そのふたつ名そのものの姿となった女神は、厳かな声音で宣言した。 
「始めるぞ」
「了解――」
 応じるなり、ノースは〈女神の杖〉を振り上げ、鉄槌の如く真正面に振り下ろした。
 その一瞬、闇はことごとく祓われ、地下室は光で覆い尽くされた。
 ようやく、王を永遠に失ったこの国に、女神が舞い戻ってきたのである。

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